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Patent Searching and Data


Title:
MEMBER COVERED WITH HARD COATING FILM AND PROCESS FOR THE PRODUCTION OF THE MEMBER
Document Type and Number:
WIPO Patent Application WO/2009/047867
Kind Code:
A1
Abstract:
A member covered with a hard coating film having compressive stress and a thickness of 5μm or above, characterized in that the hard coating film has a face-centered cubic structure represented by the composition formula: (Me1-aXa)α(N1-x-yCxOy) [wherein Me is at least one element selected from the group consisting of Group 4a, 5a and 6a elements; X is at least one element selected from the group consisting of Al, Si, B and S; and a, x and y are contents (atomic ratios) of X, C and O respectively and α is a (Me1-aXa)/(N1-x-yCxOy) ratio with the proviso that they satisfy the relationships: 0.1≤a≤0.65, 0≤x≤0.1, 0≤y≤0.1, and 0.85≤α≤1.25] and that in the X-ray diffraction of the hard coating film, the peak intensity (Ir) of the (111) plane, the peak intensity (Is) of the (200) plane and the peak intensity (It) of the (220) plane satisfy the relationships: 2≤Is/Ir and 0.2≤ It/Ir ≤1 with the half width, W(°), of the (200) plane of 0.7 or below (W≤0.7).

Inventors:
KUBOTA KAZUYUKI (JP)
OHNUMA HITOSHI (JP)
Application Number:
PCT/JP2007/069993
Publication Date:
April 16, 2009
Filing Date:
October 12, 2007
Export Citation:
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Assignee:
HITACHI TOOL ENG (JP)
KUBOTA KAZUYUKI (JP)
OHNUMA HITOSHI (JP)
International Classes:
B23B27/14; C23C14/06
Foreign References:
JP2003136303A2003-05-14
JP2006342414A2006-12-21
JP2005271155A2005-10-06
JP2006137982A2006-06-01
JPH08127862A1996-05-21
JP2006009059A2006-01-12
JP2005186227A2005-07-14
JPH11502775A1999-03-09
JPH07164211A1995-06-27
JP2006316351A2006-11-24
JP2002103122A2002-04-09
Other References:
See also references of EP 2208560A4
None
Attorney, Agent or Firm:
TAKAISHI, Kitsuma (67 Kagurazaka 6-chom, Shinjuku-ku Tokyo 25, JP)
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Claims:
圧縮応力を有する厚さ5μm以上の硬質皮膜が被覆された部材であって、前記硬質皮膜が組成式:(Me 1-a X a ) α (N 1-x-y C x O y )[ただし、Meは4a、5a、6a族からなる群から選ばれた少なくとも一種の元素であり、XはAl、Si、B、Sからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素であり、a,x,yはそれぞれX、C、Oの含有量(原子比)を表し、αは(Me 1-a X a )と(N 1-x-y C x O y )との比を表し、0.1≦a≦0.65,0≦x≦0.1,0≦y≦0.1及び0.85≦α≦1.25を満たす。]で表される面心立方構造を有し、前記硬質皮膜のX線回折における(111)面のピーク強度Ir、(200)面のピーク強度Is及び(220)面のピーク強度Itが、2≦Is/Ir及び0.2≦It/Ir≦1を満たし、(200)面の半価幅W(°)が、W≦0.7であることを特徴とする硬質皮膜被覆部材。
圧縮応力を有する厚さ5μm以上の硬質皮膜が被覆された部材であって、前記硬質皮膜が組成式:(Me 1-a X a ) α (N 1-x-y C x O y )[ただし、Meは4a、5a、6a族からなる群から選ばれた少なくとも一種の元素であり、XはAl、Si、B、Sからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素であり、a,x,yはそれぞれX、C、Oの含有量(原子比)を表し、αは(Me 1-a X a )と(N 1-x-y C x O y )との比を表し、0.1≦a≦0.65,0≦x≦0.1,0≦y≦0.1及び0.85≦α≦1.25を満たす。]で表される化合物からなり、前記硬質皮膜中に存在する(Me 1-a X a )を主成分とするドロップレットを起点に結晶成長した化合物の結晶粒が、前記硬質皮膜表面に対し突き出ており、前記化合物結晶粒の長さLと前記膜厚Tとの比L/Tが、0.1≦L/T≦1.2を満たすことを特徴とする硬質皮膜被覆部材。
請求項1又は2に記載の硬質皮膜被覆部材において、前記硬質皮膜が柱状結晶組織を有する層からなり、前記柱状結晶組織は組成変調を有することを特徴とする硬質皮膜被覆部材。
請求項1~3のいずれかに記載の硬質皮膜被覆部材において、前記硬質皮膜の基体に対する密着強度が10 N(ニュートン)以上であることを特徴とする硬質皮膜被覆部材。
請求項1~4のいずれかに記載の硬質皮膜被覆部材において、最も厚膜の部分の膜厚TAと最も薄膜の部分の膜厚TBの膜厚比β=TA/TBが、1≦β≦300であることを特徴とする硬質皮膜被覆部材。
請求項1~5のいずれかに記載の硬質皮膜被覆部材において、六方晶構造からなる最外層を有することを特徴とする硬質皮膜被覆部材。
請求項1~6のいずれかに記載の硬質皮膜被覆部材において、前記基体と前記硬質皮膜との間に厚さ10~200 nmの金属層を有することを特徴とする硬質皮膜被覆部材。
請求項1~7のいずれかに記載の硬質皮膜被覆部材の製造方法であって、550~800℃の基体温度及び3.5~11 Paの反応圧力で成膜することを特徴とする硬質皮膜被覆部材の製造方法。
請求項8に記載の硬質皮膜被覆部材の製造方法において、20~100 Vのバイアス電圧及び5~35 kHzのパルス振動数で成膜することを特徴とする硬質皮膜被覆部材の製造方法。
Description:
硬質皮膜被覆部材、及びその製 方法

 本発明は、金属部品加工等に用いられる 材に関し、特に耐摩耗性や耐欠損性向上が 求される表面に硬質皮膜が被覆された硬質 膜被覆部材、及びその製造方法に関する。

 近年の金属材料等を加工する工具や摺動 等には、ハイスや超硬合金の表面に高硬度 耐熱性の優れた硬質皮膜を被覆した硬質膜 覆部材が主に用いられている。硬質膜被を 覆する技術としては、引張り残留応力を有 る硬質皮膜を化学蒸着法(以下CVDと記す)に り被覆する技術、及び圧縮残留応力を有す 硬質皮膜を物理蒸着法(以下PVDと記す)により 被覆する技術がある。CVDにより硬質膜被を被 覆した部材は主に旋削加工分野で使用されて おり、PVDにより硬質膜被を被覆した部材は主 に転削加工分野で使用されている。

 いずれの被覆方法も長所及び短所を併せ っており、例えば、CVDは一般的に膜の密着 が優れ、10μm以上の比較的厚い膜の形成が 能であり、耐摩耗性の改善に効果がある反 、膜内に引張り残留応力が発生するため耐 損性が劣る。さらには、被覆処理の温度が10 00℃前後になるため、処理される部材の材質 限定される。

 一方、PVDは膜内に圧縮残留応力が発生す ため耐欠損性に優れる。CVDに比べて低温で 覆処理が行われるため、処理される部材の 質が限定されない。しかしながら、膜内に 留する圧縮応力が膜厚に比例して増大する め、一般に3μm以上の膜厚になるとCVDに比べ て膜の密着性が劣ってしまう。従って、PVDで 被覆される硬質皮膜は、密着性を確保するた めに、CVDで被覆される硬質皮膜よりも薄く設 定される。このため、例えば耐摩耗性が要求 される旋削加工分野においては、PVDよりもCVD が用いられる。

 特開2003-136302号は、(200)面に高配向し、そ のX線回折ピークの半価幅が2θで0.6°以下あり 、2~15μmの平均膜厚を有するTiAlN層をPVDにより 形成してなる硬質皮膜を開示しており、特開 2003-145313号は、(200)面に高配向し、そのX線回 ピークの半価幅が2θで0.5°以下あり、2~10μm 平均膜厚を有するTiAlSiN層をPVDにより形成し てなる硬質皮膜を開示している。特開2003-1363 02号及び特開2003-145313号には、このような高 向のTiAlN層又はTiAlSiN層からなる硬質被覆層 超硬基体表面に物理蒸着してなる被覆超硬 具は、高い発熱を伴う鋼や軟鋼などの高速 削加工で優れた耐摩耗性を発揮すると記載 れている。しかし、このような厚膜化を行 と硬質膜内部の歪が増加し残留圧縮応力が 大するため、密着性が低下し、さらには耐 損性が劣るといった問題がある。

 特開2003-71611号は、(Ti 1-a-b-c-d ,Al a ,Cr b ,Si c ,B d )(C 1-e N e )[ただし、a,b,c,d,eは、それぞれAl,Cr,Si,B,Nの原 比を示し、0.5≦a≦0.8、0.06≦b、0≦c≦0.1、0 d≦0.1、0.01≦c+d≦0.1、a+b+c+d<1、0.5≦e≦1を 満たす。]からなり、(111)面、(200)面及び(220) のX線回折線強度[それぞれI(111)、I(200)及びI(2 20)]が、I(220)≦I(111)、I(220)≦I(200)及びI(200)/I(11 1)≧0.3を満たす切削工具用硬質皮膜を開示し いる。しかしながら、特開2003-71611号の実施 例に記載の硬質皮膜は、膜厚が3μmと薄いた 耐摩耗性が劣る。また100 V以上の高いバイ ス電圧で成膜しているため、高硬度の皮膜 得られるが、例えば5μm以上に厚膜化すると 留圧縮応力が増大し、密着性の低下及び耐 損性の劣化が問題となる。

 特開平9-300106号は、TiとAlの複合窒化物、 窒化物、炭化物からなり、X線回折における (111)面の回折強度Ia(111)に対する(220)面の回折 度Ib(220)の比Ib(220)/Ia(111)が1.0<Ib/Ia≦5.0の範 囲である硬質皮膜を有する表面被覆超硬合金 製スローアウェイインサートを開示している 。しかしながら、特開平9-300106号に記載の硬 皮膜は、膜厚が3μm程度であれば(220)面のピ ク強度を大きく制御することで低応力化は 能であるが、例えば5μm程度の膜厚になると 結晶粒界の粒界接合強度(密着性)が劣る。こ 結晶粒界に存在する欠陥は、さらに厚膜化 ると増大し、硬質皮膜の耐欠損強度を著し 劣化させる。

 特開2001-277006号は、TiN層を、例えばTiAlN層 中に複数設けることで、残留応力低減を実現 した技術を開示している。しかしながら、こ の技術は硬質皮膜に多くの格子欠陥、特にTiN 層とTiAlN層の層間における欠陥を導入してし う。そのためこの硬質皮膜は、厚膜化した 合のアブレッシブな耐摩耗性は改善される のの、格子欠陥部分が破壊の起点となるた 、せん断方向からの衝撃に弱く耐欠損性が るという欠点を有している。

 特開平8-209334号及び特開平7-188901号は、膜 厚が3~4μmの残留圧縮応力が低減されたPVD膜を 実現させた技術を開示している。これらの技 術により得られる硬質皮膜は、残留圧縮応力 が低減されているため密着性は改善されるが 、膜厚が比較的薄いために耐摩耗性がCVD膜に 対して劣るという欠点を有する。

 特開2007-56323号は、硬質皮膜を構成する金 属元素とガス成分元素の構成比率を調整する ことにより、極めて優れた密着性と潤滑特性 を有する硬質皮膜を得る技術が開示されてい る。しかしながら、この技術により得られる 硬質皮膜は各層における成分比率が変調した 多層構造を有するため、均質な硬質皮膜を得 ることは困難である。

 特開平7-157862号は、PVDにより形成してな 硬質皮膜の表面に突出したドロップレット 機械的に除去又は研磨し、0.2~2μmの深さの窪 みを有する硬質皮膜を開示しており、硬質皮 膜表面を平滑化させることにより耐欠損特性 や耐摩耗性を改善できると記載されている。 また表面に形成される窪みは、潤滑剤を含有 させられる効果があると記載している。しか しながら近年の高能率加工においては、この ような窪みを有すると、その周辺の硬質皮膜 の機械的強度に欠点が現れる。またドロップ レットは、表面に突出した部分を除去しても 、硬質皮膜内部にも内部欠陥として残留して いるため、機械加工を行った後、それが表面 に露出すると硬質皮膜の耐衝撃特性及び耐熱 特性が劣化する。

 特開2005-335040号は、PVDにより形成してな 硬質皮膜の表面粗さを規定し、かつ被膜の 先稜線部分の近傍の最小厚みtと被膜の掬い 側又は逃げ面側の最大厚みTとが0≦t/Tが≦0. 8である硬質皮膜を開示しており、硬質皮膜 面を平滑化させることにより耐欠損特性や 摩耗性を改善できると記載されている。特 2005-335040号には、被膜形成後において好まし くはブラシ、ブラスト又はバレル等による種 々の表面研磨加工工程を施すことにより硬質 皮膜表面を平滑化させことができると記載さ れている。しかしながら、特開2005-335040号に 載されているように、硬質皮膜表面を平滑 処理すると皮膜中に存在するドロップレッ が皮膜表面に露出してしまう。露出したド ップレットは周囲の硬質皮膜よりも柔らか ため、局所的な不均一摩耗が発生し表面に みが形成され耐溶着性が悪化する。また耐 性が劣るため、酸化摩耗が起こりやすくな といった問題を有する。

 特開2000-34561号及び特開2003-193219号には、 質皮膜に含まれるドロップレットを少なく せる技術が開示されているが、装置面での 術改善であり、物理的に皆無にさせること 実現できていない。しかも、硬質皮膜中に り込まれたドロップレットについての検討 一切されていない。従って、含有されるド ップレットが、欠陥となり、硬質皮膜の特 を劣化させる直接的原因になる。

 上述したように、従来技術では、PVDで得 れる高硬度、高耐熱性等の優れた機能を有 る硬質皮膜を厚膜化したときの、基体との 着性及び外部からの衝撃に対する機械的強 を劣化させず、耐欠損性及び耐摩耗性を著 く改善させるに至っていない。

 従って本発明の目的は、残留圧縮応力を する硬質皮膜の高い硬度及び耐熱性といっ 優れた機械的特性を損なわず、残留圧縮応 を低減させることにより高い密着性を確保 、さらに高い耐欠損性を有する厚膜の硬質 膜を実現させることにより、密着性、耐摩 性及び耐欠損性が格段に優れた硬質膜被覆 材を提供することである。

 上記目的に鑑み鋭意研究の結果、本発明 等は、PVDにより形成された金属の窒化物、 化物及び酸炭窒化物からなる面心立方構造 有する硬質皮膜の、X線回折における(111)面 ピーク強度Ir、(200)面のピーク強度Is及び(220 )面のピーク強度Itを制御することにより、厚 膜化したときに基体との密着性が損なわれず 、耐摩耗性及び耐欠損性に優れた硬質膜被覆 が得られることを見出し、本発明に想到した 。

 すなわち、本発明の第一の硬質皮膜被覆部 は、圧縮応力を有する厚さ5μm以上の硬質皮 膜が被覆された部材であって、前記硬質皮膜 が組成式:(Me 1-a X a ) α (N 1-x-y C x O y )[ただし、Meは4a、5a、6a族からなる群から選 れた少なくとも一種の元素であり、XはAl、Si 、B、Sからなる群から選ばれた少なくとも一 の元素であり、a,x,yはそれぞれX、C、Oの含 量(原子比)を表し、αは(Me 1-a X a )と(N 1-x-y C x O y )との比を表し、0.1≦a≦0.65,0≦x≦0.1,0≦y≦0.1 及び0.85≦α≦1.25を満たす。]で表される面心 方構造を有し、前記硬質皮膜のX線回折にお ける(111)面のピーク強度Ir、(200)面のピーク強 度Is及び(220)面のピーク強度Itが、2≦Is/Ir及び 0.2≦It/Ir≦1を満たし、(200)面の半価幅W(°)が W≦0.7であることを特徴とする。本発明の硬 膜被覆部材は、厚膜化したときにも高い密 性、耐摩耗性及び耐欠損性を有する。

 前記硬質皮膜が、4a、5a、6a族からなる群 ら選ばれた少なくとも一種の元素Me、及びAl 、Si、B、Sからなる群から選ばれた少なくと 一種の元素Xを含有する面心立方晶の窒化物 炭窒化物又は酸炭窒化物であることにより 高い硬度及び耐熱性を有し、耐摩耗性に優 る。また、硬質皮膜の膜厚が5μm以上である ことにより、より優れた耐摩耗性が実現でき る。硬質皮膜はさらに厚くすると圧縮応力が 高くなりすぎるので、30μm以下であるのが好 しい。

 硬質皮膜を構成するC及びOの含有量x(原子 比)及びy(原子比)を、0≦x≦0.1及び0≦y≦0.1に 定することにより、高硬度、高耐熱(耐酸化 )特性、高い密着性及び高い潤滑特性を有す 硬質皮膜が、得られる。

 硬質皮膜を構成する(Me 1-a X a )と(N 1-x-y C x O y )との比αを0.85≦α≦1.25に限定することによ 、硬質皮膜の残留圧縮応力を最適な範囲に 御し、高い密着性を得ることができる。

 硬質皮膜のX線回折における(111)面のピー 強度Ir、(200)面のピーク強度Is及び(220)面の ーク強度Itを2≦Is/Ir及び0.2≦It/Ir≦1に限定す ることにより、厚膜化されたときの硬質皮膜 の残留圧縮応力を最適な範囲に制御し、高い 密着性を得ることができる。例えば、Is/Irが2 未満になったとき、及びIt/Irが0.2未満になっ ときには、硬質皮膜の断面組織が微細化し 残留応力が増大する。またIt/Irが1を超えて きくなると、残留応力は低減されるものの 硬質皮膜の断面組織における粒界の接合強 (密着性)が著しく低下し、硬質皮膜表面が 部からの機械的な衝撃を受けたときに、硬 皮膜の表面が容易に破壊したり、硬質皮膜 基体の界面から硬質皮膜が剥離したりする

 硬質皮膜のX線回折において、(200)面の半 幅W(°)をW≦0.7に限定することにより、厚膜 された硬質皮膜の結晶性がより高まり、も て機械的強度を高めることができる。また 質皮膜の残留圧縮応力を最適な範囲に制御 、高い密着性を得ることができる。Wが0.7を 越えて大きくなると、硬質皮膜の組織が微細 化し高硬度化されるものの、厚膜化された硬 質皮膜の残留圧縮応力が増大し、密着性が低 下する。

 面粗度Raが0.2μm以上である基体表面を有 、前記ピーク強度比It/Irが0.6≦It/Ir≦1を満た すのが好ましい。基体表面の面粗度Raが大き なると、被覆する硬質皮膜の組織が微細化 、粒界で欠陥を多く含むようになる。その 果、硬質皮膜の残留圧縮応力が増大し、密 性が劣化する。また硬質皮膜を比較的面粗 の粗い表面状態を有する切削工具等へ被覆 る場合、It/Irが0.6未満になると残留応力が きくなり高い密着性が得られなくなり、1を えて大きくなると、密着性が低下する。

 前記硬質皮膜内部に面心立方晶以外の構 を有する結晶を有するのが好ましい。硬質 膜中に面心立方晶以外の結晶構造を含有さ ると、より高い硬度の硬質皮膜が得られ、 摩耗性が高まる。また潤滑特性も高まる。

 本発明の第二の硬質皮膜被覆部材は、圧縮 力を有する厚さ5μm以上の硬質皮膜が被覆さ れた部材であって、前記硬質皮膜が組成式:(M e 1-a X a ) α (N 1-x-y C x O y )[ただし、Meは4a、5a、6a族からなる群から選 れた少なくとも一種の元素であり、XはAl、Si 、B、Sからなる群から選ばれた少なくとも一 の元素であり、a,x,yはそれぞれX、C、Oの含 量(原子比)を表し、αは(Me 1-a X a )と(N 1-x-y C x O y )との比を表し、0.1≦a≦0.65,0≦x≦0.1,0≦y≦0.1 及び0.85≦α≦1.25を満たす。]で表される化合 からなり、前記硬質皮膜中に存在する(Me 1-a X a )を主成分とするドロップレットを起点に結 成長した化合物の結晶粒が、前記硬質皮膜 面に対し突き出ており、前記化合物結晶粒 長さLと前記膜厚Tとの比L/Tが、0.1≦L/T≦1.2を 満たすことを特徴とする。

 硬質皮膜中に含まれる前記化合物の結晶 の長さLと硬質皮膜全体の厚さTとの比L/Tが1. 2よりも大きくなると、硬質皮膜表面から大 く突き出た硬質の結晶粒が「ヤスリ」とし 働き、被削材との凝着(溶着)性が著しく劣化 する。またL/Tが0.1よりも小さいと前記ドロッ プレットを基にした前記化合物の結晶粒が成 長せず、硬質皮膜内部に欠陥として残留し、 耐欠損性等の機械的特性が著しく劣化する。

 前記硬質皮膜は柱状結晶組織を有する層 あり、前記柱状結晶構造の結晶粒は組成変 を有するのが好ましい。柱状結晶組織とす ことにより硬質皮膜の機械的強度、特に耐 損性が格段に高まる。また結晶粒が組成変 を有することにより硬質皮膜の残留応力を 和し、5μm以上の厚膜化が実現できる。ここ で組成変調とは、硬質皮膜を構成する元素の 組成が、膜厚方向に変化することを意味する 。例えば、TiAlNを選択した場合、Ti(原子量約4 8)よりも軽い元素であるAl(原子量約27)やN(原 量約14)が、硬質皮膜の膜厚方向に均一に分 するのではなく、周期的に変化(増減)して含 有するのが好ましい。

 硬質皮膜の基体に対する密着強度(臨界荷 重値)Aをスクラッチ試験で求めたときに、10  N(ニュートン)以上であるのが好ましい。密着 強度が10 N未満であると、硬質皮膜の残留応 に耐えることができない。

 本発明の硬質皮膜被覆部材は、被覆処理 に硬質皮膜の表面が機械的に研磨されてお 、最も厚膜の部分の膜厚TAと最も薄膜の部 の膜厚TBの膜厚比β=TA/TBが、1≦β≦300である が好ましい。βが300を超えて大きくなると 磨により基体が露出する面積が大きくなり 部材の耐欠損強度や耐熱特性が劣化する。

 前記硬質皮膜被覆部材が六方晶構造から る最外層を有するのが好ましい。面心立方 構造よりも六方晶構造を最外層にした方が より高い潤滑特性が得られる。

 前記基体と前記硬質皮膜との間に厚さ10~2 00 nmの金属層を有するのが好ましい。金属層 を設けることにより、さらに強固な密着性が 得られる。

 前記硬質皮膜を工具に被覆するのが好ま い。前記工具の刃先の最も先端の位置から 工具取り付けの中心部に向かってのすくい 度θ1は10°≦θ1≦35°であるのが好ましい。θ 1が10°よりも小さいときは、硬質皮膜がせん 方向からの力を受けやすくなり、その結果 削抵抗が高くなり、適用する基材の耐熱強 が低下し塑性変形が発生する。本発明の部 に被覆した硬質皮膜は圧縮応力を有するた 、基体が熱によって塑性変形すると、その 性変形に追従できなくなり破壊するといっ 問題が生じる。θ1が35°よりも大きくなると 切削熱の発生や切削抵抗は低減できるものの 、切刃先端部が鋭利になり、被覆時に発生さ せるプラズマが集中しやすくなる。その結果 、切刃先端部分が厚膜になりすぎ硬質皮膜が 自己破壊するといった問題が発生する。

 硬質皮膜被覆部材を製造する本発明の方 は、550~800℃の基体温度及び3.5~11 Paの反応 力で成膜することを特徴とする。また20~100  Vのバイアス電圧及び5~35 kHzのパルス振動数 成膜するのが好ましい。これらの条件によ 、厚膜化された硬質皮膜の残留圧縮応力を 適な範囲に制御し、高い密着性を実現する とができる。

 本発明の硬質皮膜被覆部材は、残留圧縮 力を最適な範囲に制御することにより高い 着性を確保し、さらに膜内部の欠陥発生を 制することができる。このため、PVDにより 成した5μm以上の厚膜の硬質皮膜でも、高い 硬度、耐熱性等の優れた機械的特性を損なわ ずに、高い密着性を確保できる。この硬質皮 膜被覆部材は、密着性、耐摩耗性及び耐欠損 性が格段に優れるため転削加工分野だけでな く、旋削加工分野の工具や摺動材等に好適で ある。

(220)面と(111)面とのピーク強度比と、残 留圧縮応力との関係を示すグラフである。 残留圧縮応力と硬質皮膜元素比との関 を示すグラフである。 硬質皮膜の断面組織を示す顕微鏡写真 ある。 硬質皮膜中のドロップレット及び化合 の結晶粒の存在形態を示す模式図である。 硬質皮膜中のドロップレット脱落部分 示す顕微鏡断面写真である。 硬質皮膜中のドロップレット周辺にで た隙間を示す顕微鏡断面写真である。 硬質皮膜中のドロップレット周辺に きた隙間を示す他の顕微鏡断面写真である 図7(a)の写真を模式的に示した図であ る。 試料62(本発明例)の硬質皮膜中のドロ ップレットを起点に成長したTiAlN結晶を示す 微鏡断面写真である。 図8(a)の写真を模式的に示した図であ る。 試料112(比較例)の硬質皮膜表面に存在 る多数の突起物を示す顕微鏡写真である。 試料67(本発明例)の多層構造を有す 結晶粒からなる硬質皮膜を示す顕微鏡断面 真である。 図10(a)の写真を模式的に示した図で る。

[1]硬質皮膜
 本発明の第一の硬質皮膜被覆部材は、圧縮 力を有する厚さ5μm以上の硬質皮膜が被覆さ れた部材であって、前記硬質皮膜が組成式:(M e 1-a X a ) α (N 1-x-y C x O y )[ただし、Meは4a、5a、6a族からなる群から選 れた少なくとも一種の元素であり、XはAl、Si 、B、Sからなる群から選ばれた少なくとも一 の元素であり、a,x,yはそれぞれX、C、Oの含 量(原子比)を表し、αは(Me 1-a X a )と(N 1-x-y C x O y )との比を表し、0.1≦a≦0.65,0≦x≦0.1,0≦y≦0.1 及び0.85≦α≦1.25を満たす。]で表される面心 方構造を有し、前記硬質皮膜のX線回折にお ける(111)面のピーク強度Ir、(200)面のピーク強 度Is及び(220)面のピーク強度Itが、2≦Is/Ir及び 0.2≦It/Ir≦1を満たし、(200)面の半価幅W(°)が W≦0.7であることを特徴とする。

(1)組成
 PVDで成膜される硬質皮膜は、残留圧縮応力 有しているため耐欠損性には優れるが耐摩 性に劣るという欠点を有する。5μm以上の厚 い膜厚を有する硬質皮膜であっても、4a、5a 6a族からなる群から選ばれた少なくとも一種 の元素Me、及びAl、Si、B、Sからなる群から選 れた少なくとも一種の元素Xを含有する面心 立方晶の窒化物、炭窒化物又は酸炭窒化物で あることにより、高い硬度及び耐熱性を有す るとともに耐摩耗性に優れ、かつ残留圧縮応 力が低減され高い密着性が得られる。特に、 TiAlN、CrAlNをベースにCr、Zr、W、Nb、Si、B、S等 を含有させた硬質皮膜が好ましい。さらにC Oをそれぞれ10原子%以下の範囲で含有させる とにより硬質皮膜の潤滑特性を高めること できる。Alを含有しない場合は、TiSiN等のSi 含有する硬質皮膜が、高硬度及び高耐熱特 を有するため好ましい。

 このような優れた機能を有し、厚い膜厚 あっても高い密着性を有する硬質皮膜は、 質皮膜全体の残留圧縮応力値を最適な範囲 制御すること、及び厚膜中に含有する欠陥 存在状態を制御することによって被覆する とができる。硬質皮膜の組成にもよるが、 厚が厚くなればなるほど残留圧縮応力は増 する傾向にある。従って硬質皮膜の膜厚は 30μm以下であるのが好ましい。

(2)結晶構造
 厚膜化された硬質皮膜の最適な残留圧縮応 は、図1に示すように硬質皮膜のX線回折に ける(220)面と(111)面のピーク強度比It/Irと相 性がある。残留圧縮応力値を最適な範囲(1~6 GPa)に制御するためには、ピーク強度比It/Ir 0.2~1に制御すれば可能である。さらに、(200) と(111)面のピーク強度比Is/Irを2以上に制御 れば可能である。(111)面への配向が強くなる と硬質皮膜の残留圧縮応力が増大し密着性が 低下する。硬質皮膜のX線回折における最強 ーク面は(200)面であるのが好ましい。

(a)結晶構造の制御
 本発明者らが鋭意研究を行った結果、成膜 のバイアス電圧、反応圧力及び成膜温度を 御することによって、硬質皮膜の結晶構造 前記の範囲に制御し、厚膜化された硬質皮 の最適な残留圧縮応力を得ることができる とが分かった。成膜時のバイアス電圧値が きくなればなるほど残留圧縮応力が増大す 傾向にある。2μm/時間以下の比較的遅い成 速度で、皮膜の結晶成長させることが重要 ある。このとき、最適化された残留圧縮応 値の範囲は0.5~6 GPaであり、より好ましくは1 ~5 GPaである。残留圧縮応力値が0.5未満であ と耐摩耗性は確保できるものの耐欠損性が 十分であり、6を超えて大きいと密着性が劣 。

(i)バイアス電圧
 バイアス電圧を20~100 Vに制御することによ 、ピーク強度比Is/Irを2以上に制御できる。 イアス電圧が100 V以下の範囲で低くなれば るほどIs/Irは大きくなるが、20Vよりも低い 圧で成膜された硬質皮膜は、残留圧縮応力 低減され密着性は高まるものの硬度が低下 耐摩耗性が劣化する。面心立方構造を有す 硬質皮膜においては、(111)面に配向するより も(200)面に強く配向した方が、せん断方向か の力に対する耐久度が格段に優れる。

 成膜時のバイアス電圧の印加方法を制御 ることにより、ピーク強度比It/Irを制御す ことができる。一般には直流(DC)電圧を印加 るが、さらにパルス化して印加し制御する とが必要である。パルス化したバイアス電 を印加することにより、成膜時にプラズマ でイオン化された硬質皮膜構成元素が被処 物に到達する際の運動エネルギーを調整す ことが可能となる。以下、TiAlN皮膜を取り げて説明する。TiAlNを被覆する場合、TiAl合 のターゲットと反応ガスとして窒素を使用 るのが一般的である。例えばアークイオン レーティング法を用いてTiAlNを成膜する場合 、アーク放電によって発生したプラズマ中で Ti、Al及びNが正にイオン化され、それらがバ アス電圧によって被処理物に到達する。印 するバイアス電圧が直流で、かつ100Vを越え るような高電位である場合、発生したイオン が被処理物に到達する際の運動エネルギーが 高いため、比較的軽い金属元素であるAlが被 理物に衝突した際に弾き飛ばされる、いわ る逆スパッタリング現象が発生しやすくな 。その結果、結晶格子内に多くの歪が発生 組織が微細化する。このため硬質皮膜は高 度化するが、残留圧縮応力が著しく大きく り密着性が低下する。このような条件で成 すると、得られる結晶は(111)面に強く配向 る。

 100 V以下の直流バイアス電圧を印加した 合、上記のようなAlの逆スパッタリング現 は少なくなり、硬質皮膜中の結晶格子内の も少なくなるため、硬質皮膜の組織は柱状 する傾向にある。硬度は若干低下するが、 留圧縮応力を比較的低く保たれるため、密 性が高まる。このとき、最も強く出現する ーク位置は(200)面となるが、比較的強い(111) の結晶成長も確認される。印加する直流の イアス電圧値が低いほど(111)面に出現する ーク強度は低くなり、低圧縮応力の硬質皮 が得られるが、硬質皮膜の粒界欠陥が増大 るため、耐衝撃特性(耐欠損性)が劣化する。 低圧縮応力かつ耐欠損性を損なわない硬質皮 膜を得るためには、20~100 Vのバイアス電圧値 が好適である。

(ii)バイアス電圧のパルス化
 しかしながら、20~100 Vにバイアス電圧値を 定しても、(111)面へのピークは比較的大き 出現する。特に、5μm以上の膜厚を有する硬 皮膜を得る場合、バイアス電圧値の制御だ では(111)面への配向を十分に抑制すること できない。(111)面への結晶成長を抑制し残留 応力値を制御するためには、バイアス電圧を パルス化して印加するのが好ましい。バイア ス電圧をパルス化することにより、(111)面、( 200)面のほかに、(220)面のピーク強度が変化す る。40 Vの直流バイアス電圧を印加して厚膜 皮膜を成膜した場合、(220)面のピーク強度It 、(111)面のピーク強度Irの比は0.05≦It/Ir≦0.1 あった。これに対して、40 Vのバイアス電圧 をパルス化して印加すると、0.2≦It/Ir≦1.0と り、(111)面のピーク強度が相対的にさらに 下した。このときの硬質皮膜の残留応力値 、1~5 GPaの範囲であった。

 パルス化したバイアス電圧を印加した場 、被処理物に到達する際のイオンの運動エ ルギーを低く制御することが可能となる。 れにより、硬質皮膜内部の結晶格子欠陥が 減され、結晶は柱状化しやすい状態になる 柱状に成長した結晶粒を含む硬質皮膜は、 界欠陥が少なくなるため、より結晶性が高 る。その結果、機械的特性の衝撃に対する 度、すなわち耐欠損性が高まる。さらにイ ンが被処理物に到達した際に、凝固するま の間に最適な成長位置まで運動することが 能となるため欠陥が低減する。

 5μm以上の膜厚を有する硬質皮膜の残留圧 縮応力値を制御するために、印加するバイア ス電圧をパルス化した場合、パルス振動数の 制御が特に重要である。本発明者らが鋭意研 究を行った結果、パルス振動数が5~35 kHzのと きに、(220)面と(111)面のピーク強度比が0.2≦It /Ir≦1となり、硬質皮膜の残留圧縮応力値を1~ 5 GPaの最適な範囲に制御できることを見いだ した。パルス振動数が5 kHzより低くなるとIt/ Irは1を越え、柱状組織を有し低圧縮応力の硬 質皮膜が得られるが、柱状結晶粒界間の密着 強度が低く耐欠損性が高まらない。パルス振 動数が35 kHzを越えると、イオンが被処理物 到達する際の運動エネルギーが低減できな ためIt/Irは0.2を下回る。その結果、ピーク強 度比Is/Irは2以上であっても、(111)面の結晶成 が抑制されず、残留圧縮応力が5 GPaを越え 着性が著しく低下する。

(iii)直流バイアスとパルス化バイアスの組み わせ
 さらに安定した硬質皮膜の被覆を行うため は、まず直流のバイアス電圧を印加して初 を形成し、その後連続してパルス化したバ アス電圧を印加するのが好ましい。成膜初 においてパルス化したバイアス電圧を印加 ると、基体表面に到達するイオンの運動エ ルギーが非常に低いため、硬質皮膜と基体 面に欠陥が発生しやすくなる。従って、成 初期は直流のバイアス電圧を印加して緻密 硬質皮膜を形成させ、その後バイアス電圧 パルス化して印加するのが好ましい。この き直流のバイアス電圧を印加させて初期に 成される硬質皮膜は、全膜厚の70%以内に制 するのが好ましい。70%を越えると、厚膜化 るほど残留圧縮応力が増大し、密着性を劣 させる。直流バイアス印加部とパルス化バ アス印加部は、硬質皮膜断面を光学顕微鏡 は透過電子顕微鏡(TEM)で観察し識別するこ ができる。印加するパルス振動数は、パル 一周期内の負と正の幅の比を1に制御するの 好ましいが、使用する設備に応じて、適宜 定し最適化するのが好ましい。

 前述のように直流バイアス印加とパルス バイアス印加を組み合わせて成膜を行った 合でも、得られた硬質皮膜のX線回折におけ る(200)面と(111)面のピーク強度比を2以上、(220 )面と(111)面のピーク強度比を0.2~1、及び(200) の半価幅を0.7°以下に制御する。直流バイア ス電圧印加で得られる硬質皮膜とパルス化バ イアス電圧を印加した硬質皮膜との界面は、 格子縞が連続しているため界面の密着強度は 優れている。

(b)結晶性の制御
 硬質皮膜の機械的強度を高めるためには結 性を高める必要がある。本発明者らは、さ に硬質皮膜のX線回折において最も高いピー ク強度が得られる(200)面の半価幅Wを0.7°以下 制御すれば、耐欠損性が極めて優れる硬質 膜被覆部材が得られることを発見した。こ で、半価幅Wが小さいほど結晶性が高いこと を意味する。

 半価幅Wを0.7°以下にするためには、成膜 度は550℃以上に制御するのが好ましい。成 温度を高くすることにより、欠陥が低減し その結果硬質皮膜の結晶性が高まる。つま 、バイアス電圧による制御だけでなく、成 温度を制御することによっても厚膜化に伴 残留圧縮応力の増大を抑制することができ 。成膜温度が550℃を下回ると、硬質皮膜の 織は微細化し残留圧縮応力が増大し密着性 著しく劣化する。

(c)ガス組成
 成膜時のバイアス電圧のみだけではなく、 御する膜厚、反応圧力、成膜温度等によっ も、残留圧縮応力を制御することができる 例えば、硬質皮膜の組成にも影響を受ける 、膜厚が厚くなればなるほど、残留圧縮応 が増大する傾向にある。本発明者らが鋭意 究を行った結果、厚い膜厚を有する硬質皮 の残留圧縮応力は、硬質皮膜を形成する金 元素とガス元素との含有比率と相関性があ ことを見いだした。例えば、成膜時間のみ 変化させて形成した異なる膜厚のCrAlN皮膜 垂直断面又は傾斜断面の組成分析を行い、 属元素の原子%合計Jとガス元素の原子%合計H の比J/Hを算出した。測定はEPMA(Electron Probe  Micro Analyzer:例えば日本電子製JXA8500F)分析装 を用いて、加速電圧10kV、照射電流1.0μA及び ローブ径10μm程度に設定し、硬質皮膜部を 体の影響を受けない位置から行った。一方 、硬質皮膜の残留圧縮応力を後述の曲率測 法を用いて測定し、J/Hとの相関性を調べた 結果を図2に示す。残留圧縮応力が大きくな とJ/Hが小さくなる傾向があることが分かる 本発明者らは、CrAlNの他に数種類の硬質皮 についても同様に相関性を調べた結果、絶 値は異なるものの同様の傾向が得られるこ が分かった。つまり最適な残留圧縮応力の 囲は、硬質皮膜を構成する金属元素とガス 素の比を制御することによって得られる。

 (Me 1-a X a )とガス元素成分(N 1-x-y C x O y )との比αは、0.85≦α≦1.25である。αが0.85未 になると、結晶格子中において(Me 1-a X a )元素同士が結合する確率が増えるため、結 格子歪が著しく大きくなり、結晶の格子縞 連続性が失われる。また図3に示すように超 合金の基体4上に被覆した硬質皮膜3の断面 織が微細化し粒界欠陥が増大し、その結果 残留圧縮応力が増大し密着性が著しく劣化 る。例えば、切削工具用の硬質皮膜におい は、この欠陥が硬質皮膜の密度低下や被加 物を構成する元素の硬質皮膜内部への内向 散を招き、硬質皮膜の機械的特性、すなわ 硬度や耐欠損性を低下させる。従って、硬 皮膜の結晶格子における欠陥を著しく低減 せるためには、αが0.85以上になるよう制御 なければならない。またαが1.25を越えると 質皮膜の結晶組織形態は、柱状組織を有す ものの、結晶と結晶の間の粒界部において 硬質皮膜被覆処理を行う装置内部に残留す 不純物が取り込まれやすくなる。その結果 結晶粒間の接合強度が著しく劣化し、外部 らの衝撃によって、容易に硬質皮膜が破壊 れる。αを最適範囲に制御した硬質皮膜の残 留圧縮応力は、後述の測定方法を用いると0.5 ~6 GPaである。すなわち、産業的にはαの値を 求めて管理することが可能であり、αの値を 0.85≦α≦1.25の範囲に調節することにより、 硬質皮膜の残留圧縮応力を0.5~6 GPaの範囲に 御することができる。

(i)窒素反応圧力
 αを0.85≦α≦1.25の範囲に制御するためには 成膜時の反応圧力を制御することが重要で る。窒化物を得る場合は、窒素反応圧力を3 ~11 Paの間に制御することが好ましい。前記 範囲に窒素反応圧力を高くすることにより 基体に到達する際のイオンの入射エネルギ が低くなり、硬質皮膜の堆積(成膜)速度が低 下する。成膜速度を低くすることで、結晶中 に含まれる格子欠陥が減少し、欠陥の極めて 少ない柱状晶が形成される。格子欠陥が多く 存在する場合、結晶の成長が分断され粒界が 発生しやすくなる。歪は、この粒界に多く存 在し、残留圧縮応力を増大させる。粒界が多 く発生すると、その部分に歪が集中するため 、粒界間の接合強度が低くなり、硬質皮膜の 断面組織が微細化し、その結果外部から強い 衝撃を受けたときに、その粒界部分から破壊 しやすくなる。

 歪を低減させることにより、面心立方構 の硬質皮膜の場合、その組成にも依存する 、(111)面や(200)面へ強く配向して結晶成長す るため、結晶成長過程における歪による結晶 の分断を減少させることができる。つまり、 高い密着性を有し、欠損性を高めるためには 、機械的強度に優れた巨大な柱状結晶を硬質 皮膜中に含ませることで可能となると考えら れる。つまり、5μmを越える厚膜を実現させ ためには、結晶成長過程において結晶粒界 発生を抑制させることが重要である。歪に る結晶成長の分断を抑制すること、つまり 晶粒界の低減によって残留圧縮応力は低下 、高い密度を有する硬質皮膜を実現できる このようにして硬質皮膜の機械的強度を格 に高めることが可能となり、例えば欠損強 が高く、高硬度かつ高靭性の硬質皮膜を実 することができる。

 窒素反応圧力が3 Pa未満では、基体に入 するイオンの運動エネルギーが抑制できず それが歪となって現れ、残留圧縮応力が抑 できなくなる。このとき、αは0.85未満とな 、切削工具の場合は刃先近傍で皮膜の自己 壊が発生する。11 Paを越えて成膜を行うと プラズマ密度が著しく低下する。このとき αは1.25を越え、入射するイオンの運動エネ ギーが低下し、硬質皮膜は柱状結晶組織を するものの、結晶間、つまり粒界に不純物 取り込み易くなり、硬質皮膜の機械的特性 劣化させる。

(ii)C及びOの含有量
 硬質皮膜中にC(炭素)及び/又はO(酸素)を含有 させることにより、硬質皮膜の潤滑特性がさ らに向上する。C及び/又はOを硬質皮膜に含有 させるには、炭化水素系ガスや酸素を含有す るガスを使用してもよいし、C及び/又はOを含 有する固体蒸発源を用いてもよい。硬質皮膜 に含有する最適量は、C(炭素)が0~10原子%及びO (酸素)が0~10原子%である。このような組成に 御することにより、極めて優れた厚い膜厚 有する硬質皮膜被覆部材を実現することが きる。ここで、x及び/又はyが10原子%を越え と硬質皮膜の結晶組織が微細化し、結晶粒 にける欠陥が増大してしまう。そのため、 質皮膜の潤滑特性が大きく改善されても、 損性などの機械的特性が著しく劣化する。C び/又はOを含むガスを導入して成膜を行う 合も、主体となるNとあわせた全圧が3~11 Pa 間に制御されなければならない。C及び/又は Oを硬質皮膜中に含ませる方法として、それ れの元素を含むターゲットを使用する場合 、蒸発させる際のエネルギーを大きくしす て硬質皮膜中にC及び/又はOが多く取り込ま すぎないように、適宜条件の最適化が必要 ある。最適な成膜条件は、使用するターゲ トや成膜装置に依存するため、膜の密着性 を考慮して、実験により最適値を求め、調 することが必要である。

(iii)ガス組成比の測定方法
 αの値は、EPMA(Electron Probe Micro Analyzer:例え ば日本電子製JXA8500F)分析装置を用いて、加速 電圧10kV、照射電流1.0μA及びプローブ径10μm程 度に設定し、垂直断面又は傾斜断面の組成を 、基体の影響を受けない位置から測定するこ とによって求めることができる。硬質皮膜表 面から測定する場合は、プローブ径を50μm程 に設定すればよい。

(d)面粗度
 面粗度Raが0.2μm以上である基体表面に硬質 膜を被覆する場合、得られる硬質皮膜のX線 折における(220)面のピーク強度Itと(111)面の ーク強度Irの比It/Irが0.6≦It/Ir≦1の範囲に制 御するのが好ましい。例えば、焼結肌等の比 較的面粗度の粗い表面を有する切削工具等へ 硬質皮膜を被覆する場合、硬質皮膜のIt/Irが0 .6未満であると残留応力が大きくなり高い密 性が得られなくなる。また、It/Irが1を超え 大きいと密着性が低下する。X線回折におけ るIt/Irをこの範囲に制御するためには、印加 るパルス化バイアス電圧のパルス振動数を1 0~20 kHzに制御すればよい。例えば、超硬合金 製工具の焼結肌面は、面粗度Raが0.2μm以上で り、その表面にはCo(コバルト)が多く存在す る。そのような表面に硬質皮膜を被覆する場 合においても、イオンが被処理物に到達する 際の運動エネルギーを制御することにより、 高い密着性を有する硬質皮膜被覆工具が実現 できる。

(7)金属のイオン半径
 優れた耐摩耗性及び耐欠損性を有する硬質 膜を得るために、イオン半径が0.041~0.1 nmの 4a、5a、6a族のMe元素及びイオン半径が0.002~0.04  nmと小さいAl、Si、B、S等のX元素が含有した 化物、炭窒化物、酸炭窒化物等を被覆する が好ましい。

(e)六方晶
 硬質皮膜は、機械的強度の優れる面心立方 造の結晶形態になるように制御することが ましいが、潤滑性を有する機能膜として六 晶の硬質皮膜を、面心立方晶の硬質皮膜と み合わせて最外層や中間層として形成して 良い。また硬質皮膜中に面心立方晶や六方 が混在する形態をとることにより、優れた 滑特性や耐摩耗性を付与することができる さらに、硬質皮膜中に微細な結晶粒や非晶 粒を含有させ、より硬度を高めて、優れた 摩耗性を実現することもできる。面心立方 と六方晶が混在する形態とは、例えば、TiAl NやCrAlNの場合、Alが原子%で60%を越えたときに 出現するZnS構造を含むことを言う。さらに、 硬質皮膜中に微細な結晶粒や非晶質粒を含有 させ、より硬度を高めて優れた耐摩耗性を実 現することもできる。

(3)ドロップレット及び化合物結晶粒
 本発明の硬質皮膜被覆部材は、圧縮応力を する厚さ5μm以上の硬質皮膜が被覆された部 材であって、前記硬質皮膜が組成式:(Me 1-a X a ) α (N 1-x-y C x O y )[ただし、Meは4a、5a、6a族からなる群から選 れた少なくとも一種の元素であり、XはAl、Si 、B、Sからなる群から選ばれた少なくとも一 の元素であり、a,x,yはそれぞれX、C、Oの含 量(原子比)を表し、αは(Me 1-a X a )と(N 1-x-y C x O y )との比を表し、0.1≦a≦0.65,0≦x≦0.1,0≦y≦0.1 及び0.85≦α≦1.25を満たす。]で表される化合 からなり、前記硬質皮膜中に存在する(Me 1-a X a )を主成分とするドロップレットを起点に結 成長した化合物の結晶粒が、前記硬質皮膜 面に対し突き出ており、前記化合物結晶粒 長さLと前記膜厚Tとの比L/Tが、0.1≦L/T≦1.2を 満たすことを特徴とする。化合物結晶粒が硬 質皮膜表面から突き出ない場合、つまり化合 物結晶粒の先端が硬質皮膜の表面と同じ高さ にある場合、その先端部で化合物結晶粒と周 辺の硬質皮膜との間に隙間が生じるため、機 械的強度が高まらない。前記膜厚Tは厚いほ 耐摩耗性の点で好ましいが、硬質皮膜はさ に厚くすると圧縮応力が高くなりすぎるの 、30μm以下であるのが好ましい。

(a)ドロップレットの制御
 本発明で重要なドロップレットの制御と、 の積極的活用について述べる。以下に述べ ドロップレットの活用は、全く新規なもの ある。本発明では、硬質皮膜に含有される ロップレットを起点に結晶成長した化合物 結晶粒が、硬質皮膜表面に対し突き出てお 、前記化合物結晶粒の長さLと前記膜厚Tと 比L/Tが、0.1≦L/T≦1.2を満たす範囲に制御す ことによって実現できる。L/Tが1.2よりも大 くなると硬質の結晶粒が硬質皮膜表面より めて大きく突き出て、それが「ヤスリ」と き、被削材との凝着(溶着)性が著しく劣化す る。0.1よりも小さいとドロップレットを起点 とした化合物の結晶粒が成長せず、硬質皮膜 内部に欠陥として残留し、耐欠損性等の機械 的特性を著しく劣化させる。図4に示すよう 、ドロップレット1が硬質皮膜3中に取り込ま れたときの存在形態は、大きく4種類存在す と考えられる。本発明においては、状態Bに す結晶粒2が存在するように制御することが 重要である。硬質皮膜表面5に対し突き出な 場合、つまり状態Dに示すように化合物結晶 2の先端が硬質皮膜の表面と同じ高さにある 場合、化合物結晶粒2の先端周辺は周辺の硬 皮膜と隙間6を持つようになるため機械的強 が低下する。

 5μm以上の膜厚で硬質皮膜に含有されるド ロップレットを起点に結晶成長した化合物の 結晶粒を0.1≦L/T≦1.2を満たす範囲に制御する ためには、成膜時の基体温度を550~750℃に設 し、成膜時の反応圧力を3~11 Paに制御するこ とが重要である。

(i)温度制御
 PVD法による成膜温度を一般的な400~500℃より も高くすることで、硬質皮膜中への不可避不 純物混入による歪の発生が抑制される。ドロ ップレットは、成膜時に発生する固体蒸発源 組成の溶融金属が基体に付着したものであり 、ガス元素とほとんど反応せずに取り込まれ る。球状や液滴状のものが代表的である。成 膜途中で基体又は硬質皮膜表面に付着したド ロップレット1は化合物として結晶成長をし ものではないため、図4の状態Aに示すように 硬質皮膜表面5に付着したドロップレット1は 易に脱落する。そして、図5に示すように硬 質皮膜3にドロップレット脱落部10が発生し、 外部からの衝撃を受けたときに破壊の起点と なる。またドロップレットが脱落せずに硬質 皮膜3中に取り込まれた場合、ドロップレッ の周囲では窒化物等の化合物結晶の成長に して阻害が起こり、図6に示すようにドロッ レット周囲に隙間6ができてしまう。その隙 間6に不純物が取り込まれ欠陥となるため、 質皮膜の機械的特性が著しく劣化する。硬 皮膜を厚膜化すると硬質皮膜中に含まれる ロップレット量も多くなり、膜内の欠陥も 大する。従って、特に厚膜化したときに、 陥を減らし硬質皮膜の機械的強度を劣化さ ないためには、ドロップレット表面に硬質 膜組成の化合物結晶が成長しやすい成膜条 に制御することが重要である。

 550℃以上の温度で成膜することにより、 合物結晶のもととなるイオンがドロップレ ト表面に到達した後、凝固して結晶成長の を形成するまでの運動エネルギーを高め、 ロップレットと化合物界面の格子縞に連続 を持たせることができる。つまり化合物結 粒の核形成前の原子がドロップレット表面 動くことで、ドロップレットとヘテロエピ キシャルの状態を形成して強固に凝固し、 れ起点として化合物結晶粒が成長しやすく る。さらに、550℃以上で成膜することによ 、核形成した後に成長する結晶粒の歪を緩 させる効果が得られ、残留圧縮応力が過度 増大することを防止できる。550℃未満で成 した場合はL/Tが0.1未満となり、ドロップレ トを起点とした化合物結晶成長は起こりに くなる。つまり核を形成するために必要な 動エネルギーが得られないため、ドロップ ットと硬質皮膜結晶の間のヘテロエピタキ ャルが形成されにくくなる。その結果、ド ップレットとその周囲の化合物結晶とが分 された形態となり、機械的強度が高まらな 。

 成膜温度が750℃を越えるとドロップレッ を起点とした化合物結晶の成長は促進され ものの、その成長は硬質皮膜内部で放射上 起こるため、周囲の結晶粒が膜厚方向に向 って成長する際に干渉しあって歪が発生す 。また、化合物結晶粒が放射状に成長する L/Tが1.2を越えやすくなる。さらに、ドロッ レット表面で成長する化合物結晶は、周囲 化合物結晶よりも成長速度が遅いため、化 物結晶粒成長の起点となるドロップレット 根元部分に歪が生じ隙間ができ易くなる。 のため、外部からの衝撃に対する機械的強 が劣化する。ドロップレット上に成長した 合物結晶粒は、周囲の化合物結晶粒とほぼ 程度の硬さであるため、硬質な突起物とし 硬質皮膜表面に存在する。その突起物は皮 表面からの突起量が大きく、ヤスリのよう 働くので、この突起物を含む硬質皮膜を被 した工具は、被加工物と接触した際に機械 な凝着を発生しやすくなる。その結果、極 て潤滑特性の優れる硬質皮膜を、切削工具 に適用しても、その有効性が十分に発揮さ ない。

(ii)圧力制御
 成膜時の窒素反応圧力を3~11 Paに制御する とで、成長した結晶粒と周囲の結晶粒の間 発生する粒界欠陥が抑制でき、硬質皮膜の 留圧縮応力増大が抑制できる。このような 膜条件により、ドロップレット表面上に形 される結晶粒の成長速度を低下させ、密度 高い結晶を得ることができる。3 Pa未満の反 応圧力下では、ドロップレット表面に成長し た化合物結晶が歪を多く含みながらさらに成 長するため、残留圧縮応力を抑制できない。 11 Paを越えると、ドロップレットを起点とし た化合物結晶粒は得られるが、周囲の硬質皮 膜結晶粒の硬度等の機械的特性が劣化する。 ドロップレットを起点とした結晶粒は、電界 放出型透過型電子顕微鏡(例えば、日本電子 JEM-2010F型、加速電圧20kV、以下、TEMという。) や、汎用の走査型電子顕微鏡で確認できる。

(4)残留応力の測定方法
 本発明の厚い膜厚の硬質皮膜被覆部材を実 するためには、上記で述べたように、硬質 膜中に残留する圧縮応力値を制御しなけれ ならない。一般的に硬質皮膜の残留圧縮応 は、X線残留応力測定法による並傾法を用い 、式(1)の残留圧縮応力σの符号を求めること よりある程度の判別は可能である。
σ=-(1/2){E/(1+ν)}cotθ 0 {d(2θ)/dsin(2ψ) }・・・(1)
ここで、Eは弾性定数(ヤング率)、νはポアソ 比、θ 0 は無歪みの格子面からの標準ブラッグ回折角 、ψは回折格子面法線と試料面法線との傾き θは測定試料の角度がψの時のブラッグ回折 角である。

 式(1)において、残留応力σの符合が正又は のいずれであるかを決定するには2θ-sin2ψ線 の勾配のみが必要となり、残留応力σの符 が正の時が残留引張り応力であり、負の時 残留圧縮応力が働いていると判別される。 かしながら、この測定法には、弾性定数(ヤ グ率)Eやポアソン比ν、cotθ 0 (常に正)の正確な値が分からない場合は、残 応力値を算出することが不可能であるとい 問題点を有する。例えば、PVD硬質皮膜の密 性の優劣に大きな影響を及ぼす残留圧縮応 は、上記の並傾法を用い、既知のTiN(JCPDSフ イル番号38-1420)等で得られるピークに対し の相対比較を行い算出される。しかしなが 、上述のように、弾性定数(ヤング率)Eやポ ソン比ν、cotθ 0 (常に正)の正確な値が分からないような複雑 組成や多層構造等、様々な要素が加わった 合、硬質皮膜全体の残留応力を算出するこ は不可能である。例えばTiAlNのように広く 用されるようになった硬質皮膜でさえも、Ti 、Al、Nの含有量構成が異なる場合や、多層構 造を有する場合は、硬質皮膜全体の残留応力 値を求めることができない。

 すなわち、従来は上述したX線回折の並傾 法による硬質皮膜の残留応力測定法しか知ら れておらず、TiN、TiC、TiCN、ZrN、CrN、AlN等の 一層で、かつ一般的な組成の硬質皮膜の残 応力しか測定できなかった。またTiAlNなどの 硬質皮膜については、TiNを基準とした相対的 な比較での測定しか行えなかった。さらにTiN 、TiC、TiCN、ZrN、CrN、AlN、TiAlN等が多層に被覆 された場合、それぞれの層の残留応力測定は 可能であるが、硬質皮膜全体の残留応力を測 定することは出来なかった。

 本願においては、次のようにして硬質皮 全体の残留圧縮応力を、従来よりも正確に めて定義した。この方法により得られる硬 皮膜全体の残留圧縮応力を、曲率測定法に る残留圧縮応力という。以下に、その測定 法について説明する。

 ヤング率とポアッソン比が既知となってい 基体を所定の形状に加工した試験片を用い その表面に被覆を行うと、硬質皮膜中に発 する残留圧縮応力により、被覆された試験 がたわみ変形する。そのたわみ変形量を求 、下式(2)からPVD硬質皮膜全体の圧縮応力値 算出した。
残留圧縮応力σ=Es・D 2 ・δ/3・l 2 ・(1-νs)・d ・・・(2)
ここで、Es:試験片に使用した基体のヤング率 (GPa)、
D:試験片の厚み(mm)、
δ:被覆前後で生じる試験片のたわみ量(μm)、
l:被覆によってたわみが生じた試験片の長さ 向端面から、最大たわみ部までの長さ(mm)、
νs:試験片に使用した基体のポアッソン比、 び
d:試験片表面に被覆した硬質皮膜の膜厚(μm) ある。
 使用する試験片材料種については、ヤング 及びポアッソン比が測定された超硬材料を め、サーメット材、高速度工具鋼等を使用 ても測定は可能であるが、なかでも超硬材 が測定によって得られる数値のばらつきが なく適している。試験片の形状は短冊形が ましい。例えば8mm幅、25mm長さ、0.5~1.5mm厚さ の形状の試験片を使用すると、測定によって 得られる数値のばらつきが少なく、応力値の 差をより確認しやすい。さらに、所定の形状 に作製した試験片の上下面に対して、平行度 ±0.1mmになるよう鏡面研磨を施した後、600~1000 ℃の真空中で熱処理を行い、材料の特に表面 部分の歪を除去させるのが好ましい。この歪 をある程度除去しなければ、得られる残留圧 縮応力の値にばらつきが生ずる。試験片の鏡 面加工された一面のたわみ変形量を被覆前に 測定した後、その面に被覆を行い、被覆後の 被覆試験片のたわみ量を測定する。被覆前後 のたわみ量、被覆によってたわみが生じた試 験片の長尺方向端面から最大たわみ部までの 長さ、及び被覆した硬質皮膜の膜厚を測定し 、(2)式を用いて残留圧縮応力の値を算出する 。硬質皮膜の組成や成膜条件が変化しても、 また硬質皮膜が多層構造を有していても、本 測定方法により残留圧縮応力の値を算出する ことが可能である。

 上記測定法において、JIS規格中のK種、M 、P種、又は超微粒系の超硬合金、TiCもしく TiCN系のサーメット材料からなる試験片を作 製し、その試験片上に硬質皮膜を被覆させ、 残留圧縮応力を測定したところ、使用する試 験片材種に依存して、残留圧縮応力が大きく 変動することはなかった。前述したように、 従来は単一層で、かつ一般的な組成の硬質皮 膜の残留圧縮応力しか測定できず、TiAlNなど 硬質皮膜もTiNを基準とした相対的な比較で 測定しか行えず、TiN、TiC、TiCN、ZrN、CrN、AlN 、TiAlN等が多層に被覆された場合には、硬質 膜全体の残留圧縮応力を測定することが不 能であった。しかしながら、本願の曲率測 法を適用することにより、複雑な組成系の 質皮膜はもとより、多層膜全体の残留圧縮 力を直接測定することが可能となり、その 果、部材に対する密着性の高低を予測し、 着性の改良された硬質皮膜の設計が可能と る。本願の曲率測定法を適用することによ 、単層膜は当然のこと、組成の異なる硬質 膜、同一元素系の組成の異なる硬質皮膜、 元素系の硬質皮膜、多元素系の多層硬質皮 のみならず、酸化物硬質皮膜、非晶質カー ン系硬質皮膜、ダイヤモンド系硬質皮膜等 残留圧縮応力を測定することが可能となる

(5)その他の構造
(a)柱状結晶組織
 硬質皮膜被覆部材における硬質皮膜の結晶 織は、柱状結晶組織であることが好ましい 柱状結晶組織における柱状結晶粒をTEMで観 したときに、柱状結晶構造の結晶粒は、組 変調を有する多層構造であるのが好ましい ここで、本願において定義される組成変調 、硬質皮膜を構成する元素の組成が、膜厚 向に変化することを意味する。例えば、TiAl Nを用いた場合、Ti(チタン原子量約48)よりも い元素であるAl(アルミニウム原子量約27)やN( 窒素原子量約14)の含有量が、硬質皮膜の膜厚 方向において均一に含まれるのではなく、膜 厚方向においてほぼ周期的に変化(増減)して まれていることを意味する。

(b)多層構造
 結晶粒内に多層構造を含有させるためには パルス化させたバイアス電圧を印加させる が好ましく、例えば、直流バイアス電圧を2 0~200 Vに設定し、パルス振動数を5~35 kHzに制 すると、硬質皮膜に含有させる元素種に左 されること無く、組成変調を有する硬質皮 を得ることができる。より好ましくは、直 バイアス電圧を40~100V、パルス振動数を10~35k Hzである。これらの製造条件で、5μm以上の厚 膜化された耐欠損性及び耐摩耗性に優れ、残 留圧縮応力が低く、格段に密着性に優れた硬 質皮膜が得られる。

 パルス化したバイアス電圧を用いること より、基体に入射するイオンエネルギーに 低差が発生する。つまり、低イオン入射エ ルギー時に軟らかい層が形成され、高イオ 入射エネルギー時に硬い層が形成され、そ 結果多層構造を有する硬質皮膜となる。例 ば、直流バイアス電圧を100 V、パルス振動 を10 kHz及びポジティブバイアス(正の電圧) 0 Vと設定した場合、0~100 Vで印加されたと に形成される軟らかい層と、100 Vで印加さ たときに形成される硬い層とが交互に積層 れた多層構造が実現できる。TiAlN皮膜を例 挙げると、イオンの入射エネルギーが低い 合にはイオン半径の小さいAlが相対的に多く 含まれた比較的軟らかい層が形成され、イオ ンの入射エネルギーが高い場合にはイオン半 径の小さいAlが相対的に少ない比較的硬い層 形成され、印加させるバイアス電圧によっ 組成が変調した多層化が実現できる。硬質 膜中に軟らかい層が含まれると硬質皮膜全 の圧縮応力を低下させることができ、その 果、厚膜化が可能となる。異なる組成のタ ゲットを使用して、例えば、TiAlNの場合、Ti やAlの組成差を有する多層構造の硬質皮膜を 成することも可能であるが、この場合は層 の組成差が大きくなり、それがギャップと り歪が発生する。理想的な多層構造は、組 が傾斜的にほぼ連続的に変化するものであ が、層間で10原子%以内であるのが好ましい

 前記多層構造において、層と層の間は格 縞が連続して成長するため、機械的強度に れている。組成変調は、Al、Si、B等のイオ 半径の小さい元素が相対的に多く含まれる と、相対的に少なく含まれる層の間の組成 Z(原子%)は、10原子%以下であるのが好ましく 2≦Z≦10の範囲であるのがより好ましい。20 V未満のバイアス電圧で被覆を行ったときに 組成変調により発生する組成差は2原子%未 となり、残留圧縮応力の制御が不十分とな 。さらには、イオンの入射エネルギーが小 くなるため、たとえ成膜できても高い密着 が得られない。Zが10原子%を超えると、硬質 膜中に歪が多く発生してしまい残留圧縮応 が増大してしまう。品質を安定化するため 、直流バイアス電圧を印加して成膜した後 成膜過程の途中でパルス化したバイアス電 を印加させてもよい。

(c)密着強度
 硬質皮膜の基体に対する密着強度(臨界荷重 値)Aは、スクラッチ試験で求めたときに、10  N(ニュートン)以上であるのが好ましい。圧縮 応力を有する硬質皮膜の密着性は、厚膜にな ればなるほど低下する。一般的には、3μm程 の膜厚であれば、100 N(ニュートン)を越える 密着強度が得られるが、厚膜化するに従って 残留圧縮応力が増大し密着強度は著しく低下 してしまう。膜厚が5μmを越えると100 N(ニュ トン)の密着強度を得るのは極めて困難とな る。残留圧縮応力が大きくなると、基体界面 からの硬質皮膜の剥離や、硬質皮膜内部での 破壊が発生する。厚膜化された硬質皮膜にお いて、剥離や膜内の破壊を発生させないため には、10 N(ニュートン)以上の密着強度が必 である。密着強度は、ダイヤモンド圧子を いた汎用のスクラッチ試験機で、荷重0~100 N (荷重速度V=2.5 N/sec)までスクラッチ試験を行 測定できる。スクラッチ試験は、試験機に 置されたアコースティックエミッションセ サー(AE)によって、硬質皮膜の破壊や剥離の 発生点を感知させ、その時の荷重を臨界荷重 値(荷重単位=N)として評価する。残留圧縮応 を有する5μ以上の膜厚において10 N以上の密 着強度を得るためには、成膜時に印加させる パルス化したバイアス電圧を間欠的に正にす れば実現できる。つまり、基体表面に入射さ せるイオンの入射エネルギーの高低差をより 大きくする。10 N以上の密着強度は、直流バ アス電圧を20~100 V、パルス振動数を10~35kHz 正のバイアス電圧を5~20Vに制御し、正負のギ ャップが大きくなるように成膜パラメータを 制御することにより得ることができる。

(d)機械的研磨
 硬質皮膜の表面は機械的に研磨されており 最も厚膜の部分の膜厚TAと最も薄膜の部分 膜厚TBの膜厚比β=TA/TBが、1≦β≦300であるの 好ましい。前述のように、膜厚が厚くなる 、硬質皮膜内部に取り込まれるドロップレ ト数が増え、それを起点に成長した結晶粒 、硬質皮膜表面を突き出るように成長しや くなる。このため、密着強度及び耐欠損強 が優れていても、硬質皮膜表面が被加工物 接触した際に凝着等が発生することがある これを防止するために、硬質皮膜を被覆後 機械的に硬質皮膜表面を研磨し表面の突起 除去するのが好ましい。研磨方法としては ブラシなどの回転物を利用した研磨や、ブ ストなどメディアを使用した研磨が挙げら る。研磨量は、基体露出面積が大きくなら いよう、βが300以下となる量が好ましい。 面の突起を除去するのみの機械加工でも効 がある。膜厚比βは、機械加工を行った部位 における硬質皮膜の断面を観察することによ り求めることができる。

(d)金属層
 前記基体と前記硬質皮膜との間に厚さ10~200 nmの金属層を有するのが好ましい。金属層を 有することにより、強固な密着性が得られる 。特に、表面の面粗度Raが0.1を越えるような 体の場合、基体表面に金属層を設けること より表面が平滑化され、高い密着性を有す 硬質皮膜が得られる。また硬質皮膜全体の 留圧縮応力も緩和される。金属層は、Ti、Cr 、W等の単一金属やTiAl、CrAl、TiAlW等の合金を ークイオンプレーティング方式で、直流の イアス電圧を600 V以上に制御して被覆する が好ましい。

(e)基体
 硬質皮膜被覆部材は、基体に炭化タングス ン基超硬合金、高速度工具鋼基体、サーメ ト等を用いると、より耐摩耗性と靱性のバ ンスが最適化される。ただし、高速度工具 を基体として用いる場合は、その熱処理特 を考慮し500~550℃の範囲で被覆することが好 ましい。このような比較的低温で成膜する場 合は、印加させるバイアス電圧や成膜時の反 応圧力を適宜最適化させる。

(6)すくい角
 硬質皮膜を旋削用インサート部材に適用し 場合、インサート切刃最先端部から、取り けの中心部に向かってのすくい角度θ1が、 覆前の状態で、10°≦θ1≦35°であるのが好 しい。θ1が10°よりも小さいときは、硬質皮 がせん断方向からの力を受けやすくなる結 、切削抵抗が高くなり、適用する基材の耐 強度が低下し塑性変形が発生する。基体が によって塑性変形すると、圧縮応力を有す 硬質皮膜は、その塑性変形に追従できなく り破壊する欠点が現れる。θ1が35°よりも大 きくなると切削熱の発生や切削抵抗は低減で きるものの、切刃先端部が鋭利になり、被覆 時に発生させるプラズマが集中しやすくなる 。その結果、切刃先端部分が厚膜になりすぎ 硬質皮膜の自己破壊が発生する欠点が現れる 。

[2]製造方法
(a)成膜方法
 成膜方法としては、パルス化されたバイア 電圧が印加可能で、残留圧縮応力が付与さ る成膜方式が好ましい。アークイオンプレ ティング法、スパッタリング法等のイオン レーティング方式、プラズマ支援型のCVD法 が好ましい。本願の製造条件を適用すれば 各々の方式が一つの設備に設置された複合 置を用いてもよい。
(b)製造条件
 成膜時のバイアス電圧の印加条件を制御す ことによって、残留圧縮応力の低減化され 皮膜を得ることができる。特に、パルス化 せたバイアス電圧を印加させることによっ 、硬質皮膜の残留圧縮応力がさらに低減化 れ好ましい。直流バイアス電圧を20~100 V、 ルス周期を5~35 kHzに設定することによって 厚膜被覆部材に含有させる元素種に左右さ ること無く、厚膜化され耐欠損性及び耐摩 性に優れ、圧縮応力が低減化された格段に 着性の優れた厚膜被覆部材が実現できる。 ルス化されたバイアス電圧を用いることに り、基体に入射するイオンエネルギーに高 差が発生する。つまり、イオンエネルギー 低い時に軟質相が形成され、イオンエネル ーの高い時に硬質相が形成され、軟質、硬 の両方を有する相構造の結晶粒となる。例 ば、直流バイアス電圧を100 Vに設定し、パ ス周期を10 kHz、正のバイアス電圧を0 Vと 定した場合、0 Vから100 V未満の範囲で印加 る時に軟質相が形成され、100 Vで印加する に硬質相が形成される。(TiAl)N皮膜を組成変 調して形成した場合、成膜時のイオンの入射 エネルギーが低い条件ではイオン半径の小さ いAlが相対的に多く含まれた、比較的軟らか 相が形成される。イオンの入射エネルギー 高い条件では、イオン半径の小さいAlが相 的に少なく、比較的硬い相が形成される。 の繰り返しによって軟質及び硬質が交互に 成される。従って、パルス化されたバイア 電圧の印加によって形成された被膜には軟 相が結晶粒中に含まれるため、厚膜化した 合にも硬質皮膜全体の圧縮応力の上昇が抑 られるため、被覆部材の厚膜化が実現でき 。結晶粒の組成変調の相間は、格子縞が連 して成長するため、機械的強度に優れてい 。品質の安定性を高めるため、最初に直流 イアス電圧を印加して成膜し、成膜過程の 中でパルス化されたバイアス電圧を印加さ て残りの成膜を行ってもよい。

 本発明を以下の実施例によりさらに詳細 説明するが、本発明はこれらに限定される のではない。

<残留圧縮応力の測定法>
 超微粒超硬合金(0.6μm粒径のWCに13質量%のCo び0.5質量%のTaCを添加)粉末を所定の試験片形 状に成形した圧粉体を、1530℃の真空下で水 を導入して焼結し、得られた焼結体に対し 機械的に鏡面加工を施し、600~1000℃の真空下 で歪を除去するため熱処理し、試験片を得た 。この試験片の鏡面側のみに硬質皮膜を被覆 し、試験片が被覆後にたわんだ量を測定し残 留圧縮応力値を求めた。

 皮膜材料としては、TiN、CrN、Me元素(4a、5a 、6a族元素、Al、B、Si、Sから選ばれた少なく も2種の元素)の窒化物、炭窒化物、酸窒化 及び酸炭窒化物を用いた。蒸発源は各種合 製ターゲットを用い、窒素、酸素、アセチ ン等の炭化水素系のガスを単独又は混合し 成膜時に導入し、窒化物、炭窒化物、酸窒 物及び酸炭窒化物を作製した。

試料1(本発明例)
 残留圧縮応力測定用試験片、並びにミーリ グ用及び旋削用のインサート形状の超硬合 製基体表面に、アークイオンプレーティン 装置を用いて、被覆処理温度600℃、反応圧 5.0 Pa及びバイアス電圧50VでTiAlN膜を1μm成膜 した後、バイアス電圧を10 kHzでパルス化し 計で11μmの厚さに成膜した。

試料2~16(本発明例)及び試料92~99(比較例)
 硬質皮膜の膜厚が残留圧縮応力値へ及ぼす 響を見るために、硬質皮膜組成及び皮膜時 (膜厚)を表1に示すように変更した以外は試 1と同様にして試料を作製した。

試料17~29(本発明例)及び試料89~91(比較例)
 硬質皮膜の硬度及び耐熱性が切削性能へ及 す影響を見るために、硬質皮膜組成を表1に 示すように変更した以外は試料1と同様にし 試料を作製した。

試料30~38(本発明例)及び試料100~103(比較例)
 硬質皮膜中に含有する酸素又は炭素が切削 能へ及ぼす影響を見るために、硬質皮膜組 を表1に示すように変更した以外は試料1と 様にして試料を作製した。

試料39~43(本発明例)及び試料106~107(比較例)
 硬質皮膜の成膜時の反応圧力が硬質皮膜の 成へ及ぼす影響を見るために、反応圧力を 1に示すように1.6~12.0 Paの間で変更した以外 は試料1と同様にして試料を作製した。

試料44~47(本発明例)及び試料104~105(比較例)
 硬質皮膜の成膜時に印加するパルス化バイ ス電圧が、硬質皮膜のX線回折における(111) 、(200)面及び(220)面のピーク強度へ及ぼす影 響を見るために、パルス化バイアス電圧を表 1に示すように変更した以外は試料1と同様に て試料を作製した。

試料48~55(本発明例)及び試料108~109(比較例)
 硬質皮膜の成膜時に印加するバイアス電圧 パルス振動数が、硬質皮膜のX線回折におけ る(111)面、(200)面及び(220)面のピーク強度へ及 ぼす影響を見るために、パルス振動数を表1 示すように2~40 kHzの範囲で変更した以外は 料1と同様にして試料を作製した。

試料56~58(本発明例)
 基体表面の面粗度が、硬質皮膜のX線回折に おける(111)面及び(220)面のピーク強度へ及ぼ 影響を見るために、超硬合金の焼結面及び 磨面を用いた以外は試料1と同様にして硬質 膜を形成した。試料56は面粗度Ra=0.2、試料57 は面粗度Ra=0.5、試料58は面粗度Ra=0.7の基体を いた。

試料59~63(本発明例)及び試料110~112(比較例)
 硬質皮膜の成膜時の温度がドロップレット への結晶粒成長へ及ぼす影響を見るために 成膜温度を表1に示すように450~760℃の間で 更した以外は試料1と同様にして試料を作製 た。

試料64~69(本発明例)
 成膜時に印加するバイアス電圧のパルス化 、残留圧縮応力値及び柱状結晶粒中の組成 調へ及ぼす影響を見るために、バイアス電 を50~100 Vに設定し、パルス振動数を表1に示 すように10~35 kHzの間で変更した以外は試料1 同様にして試料を作製した。

試料70~72(本発明例)
 成膜時に印加させるバイアス電圧のパルス が、残留圧縮応力値及びスクラッチ試験に ける密着強度へ及ぼす影響を見るために、 イアス電圧を50 V、パルス振動数を10 kHz、 のバイアス電圧を表1に示すように+5~+20 Vの 間で変更した以外は試料1と同様にして試料 作製した。

試料73~75(本発明例)
 単一層の硬質皮膜に代えて、多層構造を有 る硬質皮膜の切削性能を確認するために、 質皮膜組成及び層構成を以下に記すように 更した以外は試料1と同様にして試料を作製 した。試料の硬質皮膜組成は金属のみの原子 %で示す。試料73は、最下層として(40Ti-60Al)Nを 5.6μm成膜した後、その上に(80Ti-20Si)Nを5.6μm成 膜した。試料74は、最下層として(40Cr-60Al)Nを1 .9μm成膜した後、その上に(80Ti-20Si)Nを1.9μm成 した。この組み合わせの被覆を膜厚方向に 続して3回行い、合計6層で11.4μmの硬質皮膜 被覆した。試料75は、最下層として(40Cr-60Al) Nを成膜した後、その上に(80Ti-20Si)Nを成膜し 最外層として(75Al-25Si)Nを成膜し、この順番 3回積層を繰り返し、合計9層で11.5μmの硬質 膜を被覆した。

試料76~79(本発明例)及び試料119(従来例)
 硬質皮膜の表面性状が切削性能へ及ぼす影 を調べるために、試料1と同様にして作製し た硬質皮膜被覆部材表面に、水系の溶媒中に 分散した0.5μm径のSiC粉末を9 kgf/mm 2 の圧力で当てるウェットブラスト処理を、30 間(試料76)、15秒間(試料77)、10秒間(試料78)及 び5秒間(試料79)行った。比較用に、CVDで得ら た硬質皮膜(試料118)の表面に対して、同じ 件でウェットブラスト処理を10秒間行った試 料119(従来例)を作製した。

試料80~83(本発明例)
 旋削用インサートのすくい角が切削性能へ ぼす影響を見るために、すくい角θ1を10°( 料80)、15°(試料81)、35°(試料82)、40°(試料83) 変更した以外は試料1と同様にして試料を作 した。なお、試料1のすくい角θ1は、5°であ った。

試料84及び85(本発明例)
 潤滑特性をさらに高める目的で、六方晶材 を硬質皮膜の最外層として成膜した以外は 料1と同様にして試料を作製した。試料84はT iB 2 を最外層として形成し、試料85はWCを最外層 して形成した。

試料86~88(本発明例)
 密着性をさらに高める目的で、基体直上に1 0 nm のTi(試料86)、200 nmのCr(試料87)又は210 nm のTiAl合金(試料88)を金属層として設けた以外 試料1と同様にして試料を作製した。

試料113~115(従来例)
 一般的に適用されている成膜温度450~500℃で 、直流バイアス電圧50 Vを印加して、表1に示 すように組成及び膜厚を変更した以外は試料 1と同様にして試料を作製した。

試料116~117(従来例)
 直流バイアス電圧100 Vを印加し、反応圧力2 .7 Pa、成膜温度577℃で、表1に示すように組 及び膜厚を変更した以外は試料1と同様にし 試料を作製した。

試料118(従来例)
 従来例から厚膜化が行われているCVD法で硬 皮膜を被覆した試料を作製した。CVD法によ 基体上に、(1)水素キヤリヤーガス、四塩化 タンガス及びメタンガスを原料ガスに用い TiN膜を920℃で成膜した後、(2)1.5 容量%の四 化チタンガス、35 容量%の窒素ガス、1.5 容 量%のアセトニトリルガス及び残水素ガスを 料ガスに用いてTiCN膜を780℃で形成し、(3)三 化アルミニウム、2酸化炭素ガス、一酸化炭 素ガス、水素ガス及び硫化水素ガスを用いて Al 2 O 3 膜を1005℃で被覆し、 (4)水素キヤリヤーガス 、四塩化チタンガス及び窒素ガスを原料ガス に用いてTiN膜を1005℃で成膜した。

 膜厚は、各試料の残留圧縮応力を測定し 後のテストピースを垂直方向に破断し、電 放射走査型電子顕微鏡(例えば日立製作所製 S-4200)で測定した。硬質皮膜の組成は、各試 の膜断面を17°斜めに傾けて研磨し、その研 部をEPMA(例えば、日本電子(株)製JXA-8500R)を いて、加速電圧10 kV及び試料電流1.0μAで分 した。作製した試料の硬質皮膜組成、硬質 膜の製造条件及び残留圧縮応力を表1に示す

表1(続き)

表1(続き)
表1(続き)

表1(続き)

表1(続き)

表1(続き)

表1(続き)

 各試料の硬質皮膜のX線回折における(111) 、(200)面及び(220)面のピーク強度は、X線回 装置(理学電気(株)製RU-200BH)を用いて2θ-θ走 法により2θ=10~145度の範囲で測定した。X線源 にはCuKα1線(λ=0.15405nm)を用い、バックグラン ノイズは装置に内蔵されたソフトにより除 した。測定の結果、試料1、17~55(本発明例) 試料100~112(比較例)及び試料114~117(従来例)は 検出された2θのピーク位置が、結晶構造が 心立方構造であるTiNのX線回折パターン(JCPDS ァイル番号38-1420)にほぼ一致したので、そ (111)面、(200)面及び(220)面のピークの強度を 定した。また、CrNがベースとなるような硬 皮膜の場合も同様にして、ピーク強度を測 した。結果を表2に示す。

表2(続き)

 作製した旋削用インサートを刃先交換式 イトに取り付け、以下の条件で旋削加工を い、耐摩耗性、耐欠損性及び密着性を以下 ように評価した。摩耗度は、切削時間5分時 に硬質皮膜被覆インサートの逃げ面部及びす くい面部を光学顕微鏡で観察(50倍拡大)し評 した。その後さらに切削を継続し、欠損(10μ m以上の微小チッピングを含む)が発生した時 を工具寿命とし、その時点までの切削時間( 分)で評価した。結果を表3~表15に示す。

(切削条件)
工具         :刃先交換式旋削用バイト
インサート形状    :CNMG432タイプ、チップ レーカ付き特殊形状
切削方法       :長手方向の外径切削
被削材形状      :直径160mm×長さ600mm 丸棒
被削材        :S53C(260HB、調質材)
軸方向切込み量    :2.0 mm
切削速度       :220 m/min
1回転あたりの送り量 :0.4 mm/rev
切削油        :なし

表3(続き)

 膜厚の影響について評価した。その結果 表3に示す。試料1~16(本発明例)及び試料92~99( 比較例)に示すように、硬質皮膜が厚くなる 残留圧縮応力は増大した。膜厚が5.7μmであ 試料2(本発明例)の硬質皮膜の残留圧縮応力 は1.8 GPa、工具寿命は21.2分であり、試料118( 来例)のCVD被覆インサートよりも優れていた 。切削時間5分時の刃先の摩耗状態を確認し 結果、試料118(従来例)の逃げ面摩耗は、0.102 mm、試料2(本発明例)は、0.084 mmであった。5μ mを下回る膜厚の場合は、試料92、94、96及び98 (比較例)に示すように、低い残留圧縮応力を していても、試料118(従来例)のCVDインサー の工具寿命に対して劣っていた。これは、10 μm以上の膜厚を有するCVDに対しアブレッシブ 摩耗が劣ったためである。しかしながら、試 料1~16(本発明例)に示す、5μm以上の膜厚を有 るPVD硬質皮膜は、試料118(従来例)に示すCVD硬 質皮膜や、従来のPVD法で被覆した試料113~117( 来例)に比べて耐摩耗性に優れていた。しか しながら、試料93、95、97及び99(比較例)に示 膜厚が40μmの試料では、残留圧縮応力がそれ ぞれ6.7、6.2、6.9及び6.6 GPaであった。しかも 全ての試料において、試料1(本発明例)に対 て工具寿命が短くなった。試料93、95、97及 99 (比較例)は、切削前から刃先エッジ部で の破壊が確認された。さらに、切削途中の 先の損傷状態を確認したところ、インサー エッジ部で膜破壊が10μm以上の幅で発生し いた。この破壊部分から欠損に至ったと考 られる。試料69、71、73及び75(比較例)の工具 命が短くなった理由は、厚膜化により残留 縮応力が著しく増大したためである。

表4(続き)

表4(続き)

表4(続き)

 硬質皮膜の硬度及び耐熱性が切削性能へ ぼす影響を調査した。その結果を表4に示す 。硬質皮膜の耐熱性及び硬度を格段に高めた 、4a、5a、6a族からなる群から選ばれた少なく とも一種の元素Me、及びAl、Si、B、Sからなる から選ばれた少なくとも一種の元素Xを含有 する窒化物の硬質皮膜である、試料1、17~29( 発明例)の工具寿命は、試料118(従来例)のCVD 質皮膜に比べて2.7倍以上であった。また試 113~117(従来例)のPVD硬質皮膜に対しても1.8倍 上の工具寿命を有していた。さらに、試料89 ~91(比較例)のPVD硬質皮膜に対しても、工具寿 は1.6倍以上であり優れていた。このように 硬質皮膜の残留圧縮応力及び機械的特性を 御して作製した本発明の硬質皮膜被覆部材 、試料89~91(比較例)及び試料113~117(従来例)に 対し格段に優れた工具寿命を有する。実施例 で最も優れた工具寿命を有していた試料21(本 発明例)について切削途中の刃先の状態を確 したところ、刃先エッジ部においてチッピ グは確認されず、逃げ面摩耗が0.045 mmであ た。また、切削部位における被加工物の溶 もほとんど発生しておらず、正常摩耗の進 のみで寿命に至った。溶着が発生しなかっ 理由は、硬質皮膜中にSを含有し潤滑特性が れたためである。同様の傾向は、試料24(本 明例)のBを含有した硬質皮膜でも確認され 。

 さらに、試料18(本発明例)について、硬質 皮膜の組織を調べたところ、面心立方構造の 結晶と、六方最密構造の結晶が混在している ことが確認された。試料18(本発明例)は、硬 皮膜の硬度がヴィッカース硬度で2,600程度で あり、試料1(本発明例)等の硬質皮膜に比べて 軟質な硬質皮膜であったが、切削途中の刃先 の損傷状態を確認した結果、被加工物の溶着 が少なかった。硬質皮膜に六方最密構造の結 晶が含まれることにより潤滑特性が高まった と考えられる。

 表4に示す試料30~38(本発明例)のように、 質皮膜中にOやCを含有させると硬質皮膜の潤 滑特性が高まる。CやOが硬質皮膜中に過剰に まれると、硬質皮膜の機械的強度が劣化し しまう。つまりC又はOの含有量が10原子%を えると、硬質皮膜の結晶組織の微細化及び 界欠陥の増大が起こり、その結果残留圧縮 力が増大し、密着性や耐欠損性が低下する 従って、両元素とも硬質皮膜構成元素全体 10原子%以下にすることが好ましく、これに り優れた耐溶着性及び摺動性を有する硬質 膜が得られる。試料30~38(本発明例)の硬質皮 について、断面の組織を観察した結果、柱 晶組織を呈していた。このため、機械的強 に優れ、工具寿命が優れたと考えられる。 らに、試料30~38(本発明例)の試料については 、切削評価途中の刃先の観察において、逃げ 面摩耗が優れるとともに、すくい面(クレー )摩耗が少ないことが分かった。切削時間5分 において、O及びCを含有していない試料1(本 明例)のクレータ摩耗幅が0.116 mmであったの 対し、OやCを硬質皮膜中に含有させた試料30 、34及び36(本発明例)におけるクレータ摩耗幅 は、それぞれ0.074、0.084及び0.080 mmであり、 料1(本発明例)よりも優れていた。クレータ 耗は、一般に切削温度上昇に伴う化学反応 よって発生すると考えられている。硬質皮 中にOやCを含有させることによって、摩擦係 数が低減されたため、工具すくい面を切屑が 擦過する際の温度(切削温度)上昇が抑制され クレータ摩耗が低減したと考えられる。Oや Cを含有させた試料36(本発明例)の硬質皮膜に いて、さらに、ボールオンディスク方式(コ ーティングした超硬合金製ディスクにSUS304の φ6mmボールを摺動させた方式)の摩擦係数測定 を行った結果、測定温度750℃(大気中、無潤 )において、試料1(本発明例)の摩擦係数が0.8 あったのに対し、試料36(本発明例)は半値の 0.4程度であった。

 表5は、成膜時の窒素反応圧力を変化させ たときの硬質皮膜組成の元素含有比α及び残 圧縮応力へ及ぼす影響を示した結果である 低窒素反応圧力ほど、残留圧縮応力が増大 るだけでなく、硬質皮膜の構成元素含有比 は低い値を示すことが分かる。表5中で最も 窒素反応圧力の1.6 Paで成膜を行った試料106 (比較例)の元素含有比αは1.05であったが残留 縮応力は7.5 GPaであった。この試料の工具 命は7.2分であり、試料115(従来例)の工具寿命 の10.2分に比べて劣っていた。これは試料106( 較例)の硬質皮膜の残留圧縮応力が高いため と考えられる。試料106(比較例)は、硬質皮膜 残留圧縮応力が6.0 GPaを越えていたため、 削途中のインサート刃先損傷状態観察にお て、エッジ部の皮膜破壊が確認された。試 106(比較例)のインサートの新しいコーナーを 用いて、数度の切削評価を行い再現性を確認 した結果、工具寿命は4.5~8.1分の範囲でばら き、安定しなかった。

 3.5~11 Paで成膜を行った試料1、39~43(本発 例)は、いずれも20分以上の工具寿命であり 試料118(従来例)のCVD硬質皮膜を被覆した工具 に比べて、格段に優れていた。試料1、39~43( 発明例)について切削試験を行った結果、α 1.17の試料42(本発明例)が最も優れ、硬質皮膜 のチッピング等は発生しなかった。しかしな がら、試料107(比較例)のように、硬質皮膜の 留圧縮応力が0.2 GPaと比較的低い数値であ ても、工具寿命は10分であり、試料115(従来 )とほとんど変わらなかった。試料107(比較例 )について、切削開始から5分経過後の刃先の 傷状態を観察した結果、刃先エッジ部にお る基体からの硬質皮膜の剥離、逃げ面の大 な摩耗及びクレータ摩耗が発生していた。 料107(比較例)は、残留圧縮応力が低い数値 あること、及び切れ刃に摩耗が発生してい ことから、硬質皮膜が低硬度であると考え れる。そのため、耐摩耗性が低下したと考 られる。さらに反応圧力が12 Paと高い条件 成膜を行ったため、元素含有比αが1.25を越 、イオンが基体に入射する際の運動エネル ーが著しく低くなり、形成される硬質皮膜 柱状組織を有しているが、欠陥が多く発生 、密着性及び耐摩耗性が低下した。従って 硬質皮膜の構成元素比αを0.85≦α≦1.25に制 するためには、反応圧力を3.5~11 Paに設定す 必要があることがわかる。

表6(続き)

 表6は、印加させるパルス振動数を10~35kHz 変化させ、硬質皮膜のX線回折における(111) 、(200)面及び(220)面のピーク強度比へ及ぼす 影響を示した。試料44~47(本発明例)は、パル 振動数が一定(10 kHz)で、バイアス電圧値の を変化させて成膜した。試料48~55(本発明例) 、バイアス電圧が一定(50 V)で、パルス振動 数のみを変化させて成膜した。試料113~117(従 例)は、印加させるバイアス電圧をパルス化 せずに直流のみでPVDにより成膜した。

 バイアス電圧のみ変化させて成膜した場 、硬質皮膜のX線回折における(200)面のピー 強度Isと(111)面のピーク強度Irのピーク強度 Is/Irが変化し、それに伴い硬質皮膜の残留 縮応力が変化した。残留応力が大きくなる 、工具寿命が劣る結果であった。またバイ ス電圧の高低だけでなく、パルス振動数の を変化させた場合でも、硬質皮膜の残留圧 応力が変化し、結果として工具寿命に大き 影響を及ぼすことが確認された。100 Vの直 バイアス電圧で成膜を行った試料116(従来例) は、膜厚が3μmと薄く、切削初期から摩耗が きかった。また被覆時間を調整し膜厚を変 した以外試料116(従来例)と同じ成膜条件で成 膜し試料117(従来例)は、残留応力が試料44~55( 発明例)に比べて高かったため、切削初期か ら剥離やチッピングが発生し工具寿命が劣っ ていた。

 さらに、試料44~55(本発明例)の硬質皮膜の X線回折における(220)面のピーク強度Itと(111) のピーク強度Irのピーク強度比It/Irは、0.2~1.0 であった。つまり(111)面への配向強度が高く ると残留圧縮応力が高くなる傾向であった 例えば、試料115(従来例)の硬質皮膜は、10μm を越える厚さの皮膜であるが、ピーク強度比 It/Irは0.1と低く、その残留圧縮応力は6.8 GPa 工具寿命は10.2分であった。印加するバイア 電圧をパルス化して成膜した試料44~55(本発 例)は、ピーク強度比It/Irが0.2~1.0の範囲であ った。これらの試料の残留圧縮応力は2.5~5.9  GPaであった。表6より、印加するパルス振動 を変化させると、ピーク強度比It/Irも変化す ることが分かる。印可するパルス振動数と得 られた硬質皮膜の残留圧縮応力との間には相 関関係があり、パルス振動数が大きくなると 残留圧縮応力が大きくなる傾向であった。パ ルス振動数が大きくなると、直流バイアス電 圧が印加された状態に近づくためと考えられ る。最も工具寿命が優れた試料53(本発明例) 、パルス振動数が35 kHzで残留圧縮応力が5.9 GPaであったが、切削途中の刃先の損傷状態 確認したところ、切刃近傍における硬質皮 の脱落、剥離、チッピング等は観察されず 正常摩耗を呈していた。パルス化されたバ アス電圧を印加して成膜した本発明例は、 来例に比べて2倍以上の格段に優れた工具寿 を有していた。

 硬質皮膜のX線回折における(200)面の半価 Wは、工具寿命に影響を及ぼすことが分かっ た。すなわち(200)面の半価幅Wが0.7°よりも大 くなると、工具寿命が短くなった。(200)面 半価幅が0.7°を越えた場合、硬質皮膜の残留 圧縮応力は増大する傾向にある。これが硬質 皮膜の密着性に大きく影響を及ぼし、工具寿 命を劣化させたものと考えられる。

 表7は、基体表面の面粗度Raが、硬質皮膜 X線回折における(220)面のピーク強度Itと(111) 面のピーク強度Irのピーク強度比It/Irへ及ぼ 影響を示した結果である。超硬合金の焼結 及び研磨度を変えた研磨面を用いて面粗度Ra を変更した。本評価で用いた旋削用インサー トは、逃げ面が焼結肌の状態であった。基体 表面の面粗度Raは硬質皮膜のピーク強度比It/I rに影響を与え、基体表面の面粗度Raが大きく なるとピーク強度比It/Irは大きくなることが かった。基体表面の面粗度Raが大きい試料58 (本発明例)の工具寿命は27.7分であり、試料1( 発明例)の工具寿命に比べて10%強優れていた 。

表8(続き)

 硬質皮膜の成膜時の温度がドロップレッ 上への結晶粒成長へ及ぼす影響を調査した その結果を表8に示す。表より例えば、試料 59(本発明例)と試料63(本発明例)の残留圧縮応 を比較すると、成膜温度が高い試料63(本発 例)の残留圧縮応力が低かった。500℃で成膜 を行った試料111(比較例)は、L/T値が0.07、残留 圧縮応力が5.8 GPaであった。工具寿命は10.4分 であり、同じ成膜温度を適用した試料114(従 例)に対して同等レベルであった。さらに500 未満の450℃で成膜を行った試料110(比較例) L/T値は0.04であり、成膜温度が低くなるとL/T 小さくなる傾向にあった。試料110(比較例) 残留圧縮応力は、6.4 GPaであり、工具寿命は 8.6分であった。試料110及び111(比較例)を用い 切削において刃先の損傷状態を確認したと ろ、切削5分後に両者ともエッジ部で皮膜の 破壊が原因の微小なチッピングが多数発生し 、その後大きく欠損した。試料110及び111(比 例)の工具寿命は、試料118(従来例)のCVDイン ートに比べて優れていたが、試料113~117(従来 例)のPVDとはほぼ同程度であった。両試料と 切削後の硬質皮膜断面を観察したところ、 質皮膜中にドロップレットが含まれていた さらに詳細に観察したところ、ドロップレ トの表面にはTiAlN結晶がほとんど成長してお らず、TiAl金属の塊が多く存在していた。さ に、TiAl金属の塊の周囲を観察したところ、 7(a)及び図7(b)に示すようにドロップレット1 周囲のTiAlN部との境界部に隙間6が多く観察 れた。この隙間があることにより、切削時 衝撃に耐えられずチッピングが発生したも と考えられる。

 成膜時の温度を590℃に制御した試料61(本 明例)は、L/T値が0.44で残留圧縮応力値が2.1  GPaであった。740℃で成膜を行った試料63(本発 明例)は、L/T値が1.25で残留圧縮応力値が1.6 GP aであった。これらの試料は、切削初期から ッピングや膜の脱落といった不安定要素が く観察されず、最終的に逃げ面摩耗が0.4 mm 到達したところで火花が発生したため試験 中止した。その時点を工具寿命と判定し、 れぞれ25.6分及び26.2分であり格段に優れて た。特に、最も優れた試料62(本発明例)の硬 皮膜断面を観察したところ、他の試料同様 ドロップレットが含まれていた。ドロップ ットをTEMで観察した結果、図8(a)及び図8(b) 示すように、ドロップレット1を起点にTiAlN 晶粒2が成長していることが確認できる。さ に、この結晶粒2は硬質皮膜表面5から突き て成長していた。また、この結晶粒2周囲に 隙間が少なく、周囲のTiAlN結晶組織と同化 た組織であることが確認できた。このため 硬質皮膜中にドロップレットを有するもの 機械的強度は向上し、その結果試料113~117(従 来例)に比べて格段に優れた切削性能が得ら た。

 760℃で成膜した試料112(比較例)のL/Tは1.26 残留圧縮応力は1.6 GPaであった。被覆され 切削前の試料はざらついた手触り感があっ ため、その表面を観察したところ、図9に示 ように膜表面に多数の突起物20が存在した 切削試験を進め切削途中の刃先損傷状態を 認したところ、インサートエッジ部におけ 大きな皮膜剥離は確認されなかったが、切 部に微小な皮膜破壊が確認された。また、 面の突起部20に被加工物が凝着していた。走 査型電子顕微鏡を用いて詳細に観察を行った ところ、膜破壊が観察された部分では基体表 面にまで到達する皮膜の局部的な脱落が確認 された。さらに、凝着部を観察したところ、 硬質皮膜内部から成長した粒子がヤスリの目 となって被加工物を凝着させていることが確 認された。試料112(比較例)について、刃先部 近の硬質皮膜断面組織を調べた結果、硬質 膜に取り込まれたドロップレットを起点と て成長したTiAlN結晶が放射状に、かつ膜表 に極めて大きく突き出るような状態で成長 ていた。その周囲の組織には隙間が多く存 したため、これが切削による衝撃に耐えら ず脱落したと考えられる。残留圧縮応力値 低く制御できても、取り込まれたドロップ ットを起点とした化合物の結晶粒が欠陥発 の原因になってしまうと、優れた切削性能 得られないことが明らかとなった。また、 質皮膜の結晶が分断されて成長したため、 細組織を有していた。試料112(比較例)は、局 所的な損傷以外は正常摩耗を呈していたが、 逃げ面摩耗幅が0.114 mmと、試料118(従来例)に すCVD膜を被覆した工具の0.102 mmよりも大き った。これは、内部に存在する欠陥が大き 影響を及ぼしたためと考えられる。

表9(続き)

 パルス化したバイアス電圧(バイアス電圧 60~100V、パルス振動数10~35 kHz)を変化させて成 膜した結果を表9に示す。パルス化したバイ ス電圧を印加して成膜した試料64~68(本発明 )は、バイアス電圧値が低いほど硬質皮膜の 留圧縮応力は小さくなる傾向を示した。ま 試料64~68(本発明例)は、パルス化したバイア ス電圧が50 Vの試料1(本発明例)に比べて、い れも工具寿命が長く、優れていた。パルス したバイアス電圧を60~100 Vの範囲で印加す ことによって皮膜に組成変調が発生し、残 圧縮応力の低下をもたらし、その結果優れ 耐摩耗性と耐欠損性が得られものと考えら る。

 試料64~69(本発明例)について、切削途中の 刃先損傷状態を観察した結果、インサートエ ッジ部において、皮膜の破壊は観察されず、 正常摩耗が進行し寿命に至ったことが分かっ た。工具寿命が最も優れた試料67(本発明例) 硬質皮膜の断面を観察したところ、柱状結 構造を有していた。その結晶粒をさらに詳 に観察した結果、図10(a)及び図10(b)に示すよ に結晶粒はAlの少ない層31及びAlの多い層32 交互に積層した多層構造を有しており、積 周期は約10 nmであった。つまりイオン半径 小さいAlの含有量が変調していることが確認 された。各層間における組成は、電界放出型 透過型電子顕微鏡(日本電子製JEM-2010F型、加 電圧20 kV、以下TEMという。)に付設されるEDS 置(エネルギー分散型X線分光方式)を用いて 析した。このように結晶粒が多層構造を有 ているため、硬質皮膜がさらに低残留圧縮 力化したと考えられる。また多層構造にお る層間の格子縞は連続していることが確認 れた。そのため、優れた耐摩耗性と耐欠損 が得られたと考えられる。特に10~35 kHzの範 囲にパルス振動数を設定して成膜した工具寿 命が優れた。

表10(続き)

 成膜時に印加させるパルス化バイアス電 が残留圧縮応力値やスクラッチ試験におけ 密着強度へ及ぼす影響を見るために、バイ ス電圧を50 V及びパルス振動数を10 kHz、に 定し、正のバイアス電圧を+5~+20 Vに変化さ て試料を作製した。その結果を表10に示す 試料70~72(本発明例)の残留圧縮応力が、いず も2.0 GPaであった。またスクラッチ試験に ける密着強度は20 N以上であり、試料1(本発 例)よりも1.6倍以上高い値であった。これは 、正のバイアスを間欠的に印加させることに より、印加されるバイアスの高低差が大きく なり、基体に入射するイオンエネルギーの高 低差が大きくなるためである。つまり、より 低いイオン入射エネルギー時により軟らかい 層が形成され、高イオン入射エネルギー時に 形成される硬い層との多層構造を形成するた め、硬質皮膜は低残留圧縮応力化される。そ のため、試料70~72(本発明例)は、密着強度が 料1(本発明例)に比べてさらに高まり、工具 命が優れていたと考えられる。

表11(続き)

 異なる組成系の硬質皮膜を多層構造にし ときの、残留圧縮応力と工具寿命へ及ぼす 響を調査した。その結果を表11に示す。試 73~75(本発明例)は、それぞれ工具寿命が27.0分 、27.4分及び27.2分であり、試料1(本発明例)や 料118(従来例)のCVD工具に比べて優れていた 従来技術においては、多層構造にすると層 で歪が発生しやすくなり、その結果残留圧 応力が増大する傾向にある。しかし本発明 硬質皮膜被覆部材は、試料1(本発明例)の成 条件である50 Vよりも高い80~120 Vのバイアス 電圧を印加して成膜を行っても、硬質皮膜内 部の欠陥が少なく、かつ残留圧縮応力が6.0 G Paより小さかった。これらの試料の切削途中 刃先の状態を確認したところ、硬質皮膜の 離やチッピング等の破壊は認められなかっ 。本願に記載の方法により、複雑組成はも より、試料73~75(本発明例)のような多層構造 を有する硬質皮膜全体の残留圧縮応力が測定 可能となったため、高い密着性、耐摩耗性及 び耐欠損性を有する硬質皮膜の設計が容易に なった。

表12(続き)

 硬質皮膜の表面の機械加工が切削性能へ ぼす影響を調査した。その結果を表12に示 。硬質皮膜を被覆後にウェットブラスト処 を行った試料76~79(本発明例)は、試料1(本発 例)に比べて同等以上の工具寿命を有してい 。ウェットブラスト処理を30秒実施した試 76(本発明例)は、切削工具切刃近傍の最も膜 が厚い部分で12.2μm、最も薄い部分で0.04μm あった。その結果β=305となった。切削初期 大きな膜破壊や突発的な欠損は確認されな ったが、刃先部分の基体の露出がやや早ま 、試料1(本発明例)とほぼ同程度の工具寿命 なった。本切削試験における損傷メカニズ は、硬質皮膜が1μmに満たない大きさのチッ ングや硬質皮膜の破壊から始まるものであ 。残留圧縮応力が大きい場合、10μmを越え ような損傷が発生するが、本発明の硬質皮 被覆部材を用いると、その損傷は極めて微 になる。硬質皮膜の表面を機械加工し滑ら にすることにより、外部からの衝撃によっ 切削初期に発生する1μmに満たない損傷をさ に抑制することができることが分かった。 料118(従来例)のCVD工具表面にウェットブラ トを10秒施した試料119(従来例)は、無処理の 料118(従来例)に対し工具寿命が0.3分優れて たが、耐欠損特性は本発明の適度の残留圧 応力を有する硬質皮膜被覆部材に比べて劣 ていた。

表13(続き)

 旋削用インサートのすくい角を変化させ 試料ものを作製し、切削性能への影響を調 した。その結果を表13に示す。表13より、す くい角が大きくなるほど工具寿命が優れてい ることが分かる。これは、圧縮応力を有する 硬質皮膜が10μm以上の膜厚で被覆されたため 刃先先端部の耐衝撃性及び耐欠損性が高ま 、さらに厚膜化による耐摩耗性の向上によ 、工具本来の切れ味を優先させた形状で効 を発揮したためと考えられる。しかしなが 、すくい角が40°を越えるような形状では、 耐欠損性が高まらず、切削初期に欠損が発生 した。

 硬質皮膜の潤滑特性をさらに高める検討を った。硬質皮膜の潤滑性は、構成する元素 も依存するが、結晶構造にも強く依存する グラファイト構造又は六方晶の形態をとる 料は、面心立方晶の材料に比べて潤滑特性 優れる。試料84(本発明例)は面心立方晶の硬 質皮膜直上に六方晶であるTiB 2 を最外層として被覆し、試料85(本発明例)は 様にWCを最外層として被覆した。これらの試 料の工具寿命を表14に示す。最外層に六方晶 硬質皮膜を設けた試料84及び85(本発明例)の 具寿命は、面心立方晶のみの試料1(本発明 )に比べて優れていた。切削途中の刃先の損 状態を確認したところ、切削開始10分時に 料1(本発明例)の硬質皮膜は、工具すくい面 クレータ摩耗が発生していが、試料84及び85( 本発明例)は、クレータ摩耗が確認されなか た。クレータ摩耗発生のメカニズムは、硬 皮膜の潤滑特性と関係があると考えられて る。潤滑特性が優れる硬質皮膜は、硬質皮 表面に発生する切削温度が低減されるため 例えば、硬質皮膜の酸化現象や、被加工物 硬質皮膜内部への内向拡散等が抑制され、 レータ摩の発生が減少する。本発明例で最 層として形成したTiB 2 やWCだけでなく、MoS 2 、WS 2 、CrB 2 等の材料についても、同様の効果が得られる と予想される。

 密着性をさらに高めることを目的に、基 と硬質皮膜との間に金属層を10~210 nmの厚さ で形成した。その結果を表15に示す。金属層 被覆は、Ti、Cr及びTiAl合金を用いて700 Vの 流バイアス電圧を5分間印可して行った。金 層の厚さが210 nmの試料88(本発明例)の工具 命は、試料1(本発明例)と同等であった。し しながら、金属層の厚さが10 nm及び200 nmで る試料86及び87(本発明例)は試料1(本発明例) 工具寿命に比べて10%以上優れていた。金属 を初層として設けることで、硬質皮膜全体 残留圧縮応力が緩和され、密着性が高まる とが確認された。試料88(本発明例)のように 、金属層が200 nmより厚くなると、金属層表 にドロップレットが多量に付着してしまい その直上に被覆する硬質皮膜との密着性が 化するため、工具寿命が高まらなかった。

 Al、Zr、Y等に由来する結晶質、非晶質又 これらが混合した酸化物層は残留圧縮応力 比較的大きいため、これらを使用する場合 、曲率測定法による硬質皮膜全体の残留応 が5.0 GPa以下となるよう成膜条件を調整する のが好ましい。硬質皮膜の残留応力が6.0 GPa 近い場合は、TiN、CrN、ZrN等の硬質皮膜層を らに設けてもよい。さらに、イオン注入な により、硬質皮膜内の残留応力分布を変化 せることも好適である。イオン注入処理を った基体表面に硬質皮膜を形成すると、さ に密着性が改良する。